【連載】小宮良之の『日本サッカー兵法書』 其の十八「接触の尊さ」

カテゴリ:特集

小宮良之

2015年05月14日

日本人CBの育成論にも懸かるトニーニョ・セレーゾの言葉。

脆弱な守備に怒りを隠さないトニーニョ・セレーゾ監督。「そもそも日本人は、自分はなるべく競らないようにしている」と指摘。写真:サッカーダイジェスト

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 セットプレーのマンマークディフェンスは、原則的に人を離してはならない。ポジションを取る駆け引きがすべて、と言っても過言ではないだろう。キッカーは止まったボールをノープレッシャーで蹴るだけに、当然ながらパスの精度は高い。優位なポジションを取られたら、守備側は防ぎ切れないのである。
 
 そこで南米ではボールを蹴る瞬間、攻撃の選手はマーカーを腕で押し、バランスを崩し、シュートスペースを作る。ボールが蹴られる瞬間だけ、審判の注意がそこに向かう心理を狡猾に利用している。駆け引きのひとつである。
 
「日本人は球際が弱い」
 
 そう言われ続けているわけだが、問題の根本は肉体的接触の弱さよりも、心理的脆弱さにあるだろう。競り合いで負ける時、プロのレベルでは単純な強さや速さだけが理由ではない。日本人は駆け引きの面で劣っているのだ。
 
 日本では育成、アマチュア、プロとあらゆるサッカーの局面で、積極的な接触が奨励されていない。“相手に怪我をさせてはいけない”という気遣いが、まずは接触を避けようとする傾向になる。しかし接触をしなければなにが安全で危険かも分からず、駆け引きにまで至らない。下ごしらえもしない料理を、できあがった後にいくら味付けしても出来合なものにしかならないだろう。
 
「ヘディングはいかに相手を走らせず、スタンディングの状態で競ることができるか。そして身体を当ててバランスを崩せるか。しかしそもそも日本人は、自分はなるべく競らないようにしている」
 
 セレーゾの言葉は、日本サッカー全体に対する“諫言”と受け止めるべきだろう。端的に言えば、CBの育成論にも懸かってくる。今や多くの攻撃的選手が欧州トップリーグで活躍しているにもかかわらず、CBで大成した日本人は見当たらず、吉田麻也のみが奮闘を続ける状況。砦を守れる番人が不在では、日本サッカーの成長は停滞する。
 
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。01年にバルセロナへ渡りライターに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写。近著に『おれは最後に笑う』(東邦出版)。
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