【消えた逸材】14歳でMLSデビューを飾った“神童”アドゥはいま何をしているのか? その後のキャリアを追う

カテゴリ:ワールド

井川洋一

2019年03月21日

「マーケティングツールとして利用された」と当時を回顧

18歳で欧州に渡るも鳴かず飛ばず。その後は坂道を転がり落ちるように……(写真はフィラデルフィア時代)。(C)Getty Images

画像を見る

 国外移籍が可能な18歳になった神童を、欧州のクラブが放っておくわけがない。オファーがそれこそ殺到し、その中からアドゥが選んだのはポルトガルの名門ベンフィカだ
った。ただ、このチョイスは賢明ではなかったかもしれない、と当時のアメリカU-20代表を率いていたトーマス・ロンゲンは15年に年に『ガーディアン』紙に語っている。

「アドゥはまだ欧州の名門クラブでプレーする準備ができていなかったと思う。(U-20代表の同僚だった) マイケル・ブラッドリーはオランダの中堅クラブからドイツ、イタリアへとステップアップした。そのほうが賢い選択だったかもしれない」

 意気揚々と渡ったはずのポルトガルで、凋落が始まった。1年目にはチャンピオンズ・リーグにも出場したが、さしたるインパクトを残せず、翌シーズンからレンタル生活がスタート。モナコ、ベレネンセス(ポルトガル)、アリス(ギリシャ)、リゼスポル(トルコ)とどこに行っても才能が本格開花することはなく、11年にMLSのフィラデルフィア・ユニオンと契約して帰国した。
 
 ここでも十分なパフォーマンスを見せられず、13年シーズンはバイーア(ブラジル) にレンタルに出されたが、出番がほとんどないまま「技術不足」を理由に事実上の解雇通告を受けると、フィラデルフィアに戻る場所はなくフリーの身に。その後は、セルビア、フィンランドを渡り歩き、タンパベイを経て前述のラスベガスに辿り着いていた。

「僕はものすごいプレッシャーに晒されていた。14歳の少年が重圧を受けるのは当然だ。当時は広告やらインタビューやら、至るところで自分の姿を目にした。マーケティングツールとして利用され、ピッチから遠ざけられてしまったんだ」

 アドゥは注目を浴びていた当時をそう振り返っている。インテル以外にもマンチェスター・UやR・マドリーなどのメガクラブが熱視線を送っていた10代前半、「アメリカ代表として、どうしてもワールドカップを獲りたいんだ」と希望に満ちた笑顔で夢を語っていた神童はいま、どんな気持ちでボールと向き合っているのだろうか――。

文●井川洋一

※『ワールドサッカーダイジェスト』2019年3月7日号より転載
 

Facebookでコメント

サッカーダイジェストの最新号

  • 週刊サッカーダイジェスト サッカーダイジェスト責任編集
    2月12日発売
    データ満載のNo.1名鑑
    2020 J1&J2&J3
    選手名鑑
    56クラブを完全収録!!
    詳細はこちら

  • 週刊サッカーダイジェスト サッカーダイジェスト2月27日号
    2月13日発売
    新シーズンを徹底展望
    J1&J2リーグ
    開幕ガイド
    選手名鑑を特別付録で!
    詳細はこちら

  • ワールドサッカーダイジェスト ワールドサッカーダイジェスト
    2月6日発売
    欧州強豪クラブの
    最終スカッドが確定!
    「冬の選手名鑑」
    写真&コメント付き
    詳細はこちら

  • 高校サッカーダイジェスト 高校サッカーダイジェストVol.30
    1月17日発売
    完全保存版!
    第98回高校選手権
    決戦速報号
    静岡学園が24年ぶりV
    詳細はこちら

>>広告掲載のお問合せ

ページトップへ