錚々たるチームタイトル獲得歴を誇るイニエスタだが、個人としてはどうだろうか。残念ながら、個人タイトルの最高峰といえる「バロンドール」の獲得は、ここまで実現できていない。
 
　しかし、投票数の順位を見てみると、2009年に４位、10年に2位、11年に４位、12年に３位という高順位につけている。ここ数年はメッシ、C・ロナウドというド派手な存在が同賞を分け合い、さらにネイマールら天才的な選手が賞レースに絡むなかで、この成績は十分に称賛されてしかるべきだろう。
 
　イニエスタのバルサ退団を受け、バロンドールを主催する『フランス・フットボール』誌の編集者、パスカル・フェレ氏は「アンドレス、ごめんなさい」とコラムで綴り、イニエスタが最高の選手でありながら、同時に他の選手を活かすことに才能を使う利他主義者ゆえ、賞を得ることができなかったと主張した。

 
　これこそが、イニエスタという選手の本質を表わしている。彼のピッチ上での献身性については、バルサでゴールに関するあらゆる記録を塗り替えているメッシが、しばしば感謝の言葉を述べていることからも、その偉大さが窺い知れるだろう。
 
　チームメイト、OB、果てはライバルであるマドリー側の人間ですら「イニエスタはバロンドールに相応しい」と口を揃えて語っている。その意見は、ファンも同様だろう。これこそが、イニエスタにとって最大の勲章と言えるのではないだろうか。
 
　ピッチを離れれば、気さくで礼儀正しく、派手さを好まない、物静かな好青年は、チームメイト、ファン、友人、そして家族と、誰に対しても愛情を注ぎ続ける。2009年に急逝した旧友、ダニ・ハルケのことをいつまでも忘れることなく、また資金難に陥った故郷のクラブを自費で救うなど、その人間的資質の高さを示すエピソードは数知れない。
 
　このような優れた人間性から、敵味方関係なく誰からも愛されるイニエスタ。だが、サッカー選手としての彼の最大の魅力は、何といってもその唯一無二の優れたサッカーセンスと優れたテクニックにある。
 
　恩師であるジョゼップ・グァルディオラやバルサのレジェンドであるヨハン・クライフら、多くの偉大な先達が語っているように、イニエスタは高度なプレーを簡単にやってのける。彼が何気なくこなしたように見えるプレーは、技術の高さ、視野の広さ、的確な判断力、そして創造力があってこそ可能性なものである。
 
　守備的MF、ウイングなど多くのポジションを経験した上で、現在の攻撃的MFに落ち着いた彼は、状況に応じて様々なプレーが可能だ。欧州ではフィジカルコンタクトは苦手だったが、Jの舞台ではそれもウィークポイントとはならないかもしれない。瞬間的なスピードも、34歳となった今もまだ健在だ。
 
　キャリアにおいて、バルサ、スペイン代表、カタルーニャ代表でしかプレーしていないことを不安視する声もある。確かに、天才の感覚が神戸の選手たちのそれとフィットするかどうかは、やってみなければ分からない。ただ、献身的な彼には、チームのスタイルに自ら歩み寄っていく姿勢、それに合わせられる能力がある。
 
　また、連係面の熟成には時間がかかるかもしれないが、そのぶん、これまで以上に個のプレーが多く見られるかもしれない。
 
　前述のフェレ氏は、コラムのなかでイニエスタに対し、「ロシアW杯で図抜けたプレーを見せて、バロンドールを受賞できなかったという“異常”を正してほしい」とメッセージを送ったが、神戸では、絶対にボールを奪われないキープ力、「自在に空間を操る」と形容される多彩なラストパスもさることながら、より前に出て、得点を狙うことも期待される。

　彼の場合、それは決して利己的なものとはならないはずだ。