あの「史上最強チーム」も実は…W杯直前での代表監督交代は強豪国にも前例あり!

カテゴリ:ワールド

サッカーダイジェストWeb編集部

2018年04月30日

74年と90年で対照的な結果となったオランダ

主力の半分以上がアヤックス所属、もしくは元所属選手だった74年、“急造チーム”は見事な組織力で歴史を変えた。一方、オランダ・トリオらスター揃いの90年大会はうまくいかず……これ以降、たびたびこの国には“お家騒動”が勃発していった。 (C) Getty Images

画像を見る

 時間がないなか、ミケルス監督は1971年まで率いたアヤックスをチームの骨子とし、ここにバルセロナでプレーするクライフやフェイエノールトの中心選手加えてチームを急造。クライフもアヤックスが71~73年でチャンピオンズ・カップ(現リーグ)を3連覇した際の中心選手であり、すぐにチームは機能した。
 
 アヤックス時代に戦術の基礎は出来上がっていたことで、ミケルス監督は徹底したフィジカルトレーニングを敢行。それは大会に入っても続き、ゆえに運動量が要求されるトータルフットボールは最後まで破綻することなく、対戦相手を凌駕していった。
 
 それでもタイトルを手にできなかったオランダが、初めて栄冠を掴んだのが1988年の欧州選手権(EURO)。ルート・フリット、マルコ・ファン・バステン、フランク・ライカールトのトリオに加え、ロナルド・クーマンらを擁する欧州王者は、当然、2年後のイタリアW杯で優勝候補に挙げられていた。
 
 しかし、大会開幕を目前に控えた段階でも、このチームには監督が存在しなかった。88年より指揮権を握ってきたティース・リブレクツの守備的な戦術を選手たちが嫌い、大会開催年になってサッカー協会に解任を要求。そこから監督の座は空位となっていたのだ。
 
5月になって協会はレオ・ベーンハッカーを起用。85年にも代表を指揮し、レアル・マドリーなどクラブでの経験も十分な名将だったが、クライフの登用を強く望んでいたファン・バステンらは失望し、チームは一枚岩になれず、優勝候補は1勝も挙げられずに決勝トーナメント1回戦で姿を消した。
 
 またこの大会では、ベルギーも90年2月に監督が交代。89年から監督を務めていたワルター・メーウスが解任され、70年代からチームを指揮し、80年代のベルギーの台頭と快進撃に貢献した名将ギ・ティスが復帰。本大会ではエンツォ・シーフォを中心にした好チームとして高い評価を受けた(ベスト16)。
 
 これ以外にも大会創世記から70年代までは、ブラジル、アルゼンチン、イタリア、スペインといった主要国においても、大会が間近になった段階での監督人事は行なわれている。
 
 ちなみにマンチェスター・ユナイテッドのレジェンド、サー・アレックス・ファーガソンは86年メキシコW杯の欧州予選で、最終戦の終盤に心臓麻痺を起こして急逝したジョック・ステインの後を受けてスコットランド代表監督に昇格、85年11月にプレーオフで初陣を飾っている(本大会ではグループステージ敗退)。
 
 言うまでもないが、状況など全てが異なるため、この事例は何ら、今の日本を勇気づけるものではない。あしからず。
【関連記事】
「本当に偉大な振る舞いだよ」長谷部にエルボーを見舞われたゼルケがその心情を激白!
日本代表MF、乾貴士が豪華アーティストとの3ショットを公開!「すげぇ」「羨ましすぎる」とファン興奮
英誌選定!「衝撃的なオウンゴール」の歴代トップに輝いたスコルピオン弾がスゴすぎる!
「マジでカワイイ!」韓国女子代表のビーナス、イ・ミナが最新自撮り写真を公開!
「考えつく限り最悪の悪夢」「私へのリスペクトなかった」ハリル前監督が反論会見
日本代表は「ロシアW杯でもっとも準備不足の国」に…予選後の監督交代は4か国目

サッカーダイジェストTV

詳細を見る

 動画をもっと見る

Facebookでコメント

サッカーダイジェストの最新号

  • 週刊サッカーダイジェスト なでしこJに続け!
    4月10日発売
    U-23日本代表
    パリ五輪最終予選
    展望&ガイド
    熾烈なバトルを総力特集
    詳細はこちら

  • ワールドサッカーダイジェスト 世界各国の超逸材を紹介!
    4月18日発売
    母国をさらなる高みに導く
    「新・黄金世代」大研究
    列強国も中小国も
    世界の才能を徹底網羅!!
    詳細はこちら

  • 高校サッカーダイジェスト 高校サッカーダイジェストVo.40
    1月12日発売
    第102回全国高校選手権
    決戦速報号
    青森山田が4度目V
    全47試合を完全レポート
    詳細はこちら

>>広告掲載のお問合せ

ページトップへ