指揮官のティム・ワルターは言っていた。

「ホームでの我々は1887パーセントだ」と。クラブ創設年をもじった言い回しで自分たちのモチベーションを最大限に高めようとした。そしてファンの大歓声がスタジアムに命を吹き込むと、チームは走り出し、戦いだした。やれる限りのことをやろうと吹っ切れたプレーをみせていく。

　その思いが通じたのか、開始５分にハンブルクが先制する。見事な前線からのプレスでボールを奪い取ると、左サイドからの攻撃でチャンスを作り、ペナルティエリア手前、フリーでボールを受けたソニー・キッテルが、ワントラップから見事なミドルシュートを突き刺した。奇跡が起こるならこのシナリオしかないということが起きたのだ。

「おい、ひょっとして…」がスタジアム中に膨れ上がる。これこそがホームの力だ。指定席のファンもみんな立っている。じっと座っているなんてできない。ファンだけではない。番記者も、カメラマンもずっと緊張した面持ちで試合を見守っている。応援の熱はどんどん高まっていく。
 

　しかし、想いだけでは試合に勝てなかった。後半開始早々に失点すると、さらにはGKホイヤー・フェルナンデスのパスミスから手痛い失点。２戦合計これで５－１だ。希望はすでに断たれた。

　それでもファンからはフェルナンデスを責めるブーイングは一切なかった。むしろ逆だ。「フェルナンデス」の大コール。ゴール裏だけではない。スタジアム中から沸き起こる。ファンは誰も帰らない。昇格はまたしても叶わなかった。２部リーグでの６シーズン目を受け入れなければならない。「なんでだ」と憤る思いだって強い。それでも、愛するクラブへの想いの方が強いのだ。

　スタジアムの大型ビジョンに、老婦人の姿が映し出された。両手を胸の前でギュッと握って、愛するチームが負ける姿に涙を流している。そんな老婦人を周りのファンが優しく慰めている。

　試合終了が近づいてくると、ファンがクラブマフラーを掲げてクラブソングを歌いだした。泣いているファンも多い。でもそれに負けずに歌い続ける。愛するクラブのために。これが、サッカーなのだろう。

　いつまでも、いつまでも、HSVと謳う。拍手が続く。このファンがいる限り、１部昇格への挑戦を諦めることなどできない。来季こそ、ブンデスリーガかつての重鎮は再びその扉を開けることができるだろうか。そして、クラブを支え続けるファンへ恩返しをすることができるだろうか。

取材・文●中野吉之伴

【PHOTO】ファッショナブルなデザイン続々！ 23-24シーズンの欧州クラブの新ユニホームを一挙紹介！

【PHOTO】まさにスタジアムの華！ ワールドクラスたちの妻、恋人、パートナーら“WAGs”を一挙紹介！