7月に飲酒運転で逮捕されて…
北九州市出身。地元のスポーツ少年団で技術を磨き、2013年、浦和レッズユースへ加入した。この年の10月に行なわれた天皇杯3回戦(対モンテディオ山形)でトップチームに初出場を果たすと、ミドルシュートを叩き込んで鮮烈なデビューを飾った。
ところが、14年9月に不祥事を起こして退団を余儀なくされる。これが最初の挫折だ。故郷へ戻り、通信制高校で勉強しながら、公園で孤独な練習を続けた。
15年1月、アビスパ福岡(当時J2)へ入団。4月末にデビューし、4試合に出場(無得点)。16年シーズンはカップ戦を含めて28試合に出場し、4得点を挙げた。
しかし17年1月、「クラブの秩序を著しく乱した」という理由で契約を解除されてしまう。これが二度目の挫折だ。そこから7か月以上、無所属の状態が続いたが、18年1月、Kリーグの慶南FCに拾われた。
すぐにレギュラーに定着し、この年は公式戦36試合に出場して5得点をマーク。チームのリーグ準優勝とAFCチャンピオンズリーグ(以下ACL)出場権獲得に貢献した。
19年シーズンも好調で、4月、ACLの鹿島アントラーズ戦に出場すると、右からのクロスを左足ボレーで決めた。この試合を見た元日本代表の内田篤人は邦本を高く評価。後に「当時、(鹿島の)強化部長に獲得するよう何度も言った」と打ち明けている。
ところが、14年9月に不祥事を起こして退団を余儀なくされる。これが最初の挫折だ。故郷へ戻り、通信制高校で勉強しながら、公園で孤独な練習を続けた。
15年1月、アビスパ福岡(当時J2)へ入団。4月末にデビューし、4試合に出場(無得点)。16年シーズンはカップ戦を含めて28試合に出場し、4得点を挙げた。
しかし17年1月、「クラブの秩序を著しく乱した」という理由で契約を解除されてしまう。これが二度目の挫折だ。そこから7か月以上、無所属の状態が続いたが、18年1月、Kリーグの慶南FCに拾われた。
すぐにレギュラーに定着し、この年は公式戦36試合に出場して5得点をマーク。チームのリーグ準優勝とAFCチャンピオンズリーグ(以下ACL)出場権獲得に貢献した。
19年シーズンも好調で、4月、ACLの鹿島アントラーズ戦に出場すると、右からのクロスを左足ボレーで決めた。この試合を見た元日本代表の内田篤人は邦本を高く評価。後に「当時、(鹿島の)強化部長に獲得するよう何度も言った」と打ち明けている。
20年1月、邦本はKリーグきっての強豪全北へ移籍する。ここでもすぐにレギュラーの座を掴み取り、2シーズン連続のリーグ制覇に寄与。Kリーグを代表するMFの一人となった。
22年シーズンの前半戦も好調を維持していたが、またしてもピッチ外で失態を犯す。7月8日未明、飲酒運転で逮捕されたのである。
韓国プロ・サッカー連盟は、暫定的に60日間の活動停止処分を下した。そして13日、クラブから契約を解除されるのだ。3度目の挫折である。
こうして日本でも韓国でも居場所がなくなった男が、それから2週間後に流れ着いたのが、欧州最西先端の国の小クラブだった。
自由奔放で創造性豊かなプレーには、ラテンの匂いが漂う。類稀な才能の持ち主なのは間違いない。しかし、浦和ユースを含めて4チームで3度、不祥事によりクラブを追われた選手など、数々の悪童を生んできたブラジルでも聞いたことがない。次にトラブルを起こしたら、さすがに救いの手を差し伸べるクラブはないのではないか。
新天地で自らを律し、輝きを放ち続けられるか。それを土台として、さらなるキャリアアップを実現できるか――。
邦本はいままさに分岐点に立っている。人間として成熟できるか否かが、今後のキャリアと人生の明暗を分けるのではないだろうか。
文●沢田啓明
【著者プロフィール】
1986年にブラジル・サンパウロへ移り住み、以後、ブラジルと南米のフットボールを追い続けている。日本のフットボール専門誌、スポーツ紙、一般紙、ウェブサイトなどに寄稿しており、著書に『マラカナンの悲劇』、『情熱のブラジルサッカー』などがある。1955年、山口県出身。
22年シーズンの前半戦も好調を維持していたが、またしてもピッチ外で失態を犯す。7月8日未明、飲酒運転で逮捕されたのである。
韓国プロ・サッカー連盟は、暫定的に60日間の活動停止処分を下した。そして13日、クラブから契約を解除されるのだ。3度目の挫折である。
こうして日本でも韓国でも居場所がなくなった男が、それから2週間後に流れ着いたのが、欧州最西先端の国の小クラブだった。
自由奔放で創造性豊かなプレーには、ラテンの匂いが漂う。類稀な才能の持ち主なのは間違いない。しかし、浦和ユースを含めて4チームで3度、不祥事によりクラブを追われた選手など、数々の悪童を生んできたブラジルでも聞いたことがない。次にトラブルを起こしたら、さすがに救いの手を差し伸べるクラブはないのではないか。
新天地で自らを律し、輝きを放ち続けられるか。それを土台として、さらなるキャリアアップを実現できるか――。
邦本はいままさに分岐点に立っている。人間として成熟できるか否かが、今後のキャリアと人生の明暗を分けるのではないだろうか。
文●沢田啓明
【著者プロフィール】
1986年にブラジル・サンパウロへ移り住み、以後、ブラジルと南米のフットボールを追い続けている。日本のフットボール専門誌、スポーツ紙、一般紙、ウェブサイトなどに寄稿しており、著書に『マラカナンの悲劇』、『情熱のブラジルサッカー』などがある。1955年、山口県出身。