「ロナウドとラモスがPKを外したんだ…」モウリーニョが選ぶ“最悪の瞬間”はマドリー時代? 「欧州最高のチームだった」

カテゴリ:メガクラブ

サッカーダイジェストWeb編集部

2020年09月24日

「キツかった」出来事とは?

名立たるスターたちと共にマドリーで栄光を築いたモウリーニョが当時を回想した。 (C) Getty Images

画像を見る

 通訳からキャリアをスタートし、アシスタントコーチを経て、トップクラブの指揮を執り、欧州最高峰の舞台を制して、世界有数のカリスマ指揮官として確固たる地位を築いた。トッテナム・ホットスパーを率いるジョゼ・モウリーニョは、約30年にわたって様々な経験をしてきた。

 そのカリスマ監督にとって、もっともつらかった出来事のひとつは、レアル・マドリー時代にチャンピオンズ・リーグ(CL)で敗れたときだという。ラ・リーガで4年ぶりに優勝した2011-12シーズン、バイエルンとの準決勝でPK戦の末に敗退したときのことだ。

 スペイン紙『Marca』によると、モウリーニョは母国ポルトガルの『Sic』で「最悪の瞬間を選ぶとしたら、マドリーでの敗退だ」と話した。

「我々は疑いなく、欧州最高のチームだった。勝点(100)やゴール(121)などあらゆる記録を更新した。あの時にファイナルに進んでいれば、勝っていたはずだ。疑いの余地はない。さらに残酷なのは、我々がPKのキッカーにクリスチアーノ・ロナウド、カカ、セルヒオ・ラモスを選んでいたことだ。PKで絶対に確実な保証だったが、彼らが決して外さないPKを失敗したんだよ」
 
 さらにモウリーニョは、「(チェルシー時代の)リバプール戦(での敗退)も、今ならVARで認められないゴールだった」と話しながらも、しみじみと続けている。

「だが、マドリーのほうがよりつらかった。あっちのほうがキツかったよ」

 その翌年、モウリーニョはマドリーの指揮官を退任。代わって就任したカルロ・アンチェロッティの下で、エル・ブランコは2013-14シーズンのCLを制し、悲願だったデシマ(10度目の欧州制覇)を成し遂げている。

 一方、“スペシャル・ワン”はチェルシーに復帰してプレミアリーグを再び制し、その後マンチェスターユナイテッドではヨーロッパリーグでも優勝した。しかし、バイエルンとのPK戦で勝っていたら、マドリーとモウリーニョの歴史は変わっていたのだろうか。

構成●ワールドサッカーダイジェスト編集部
【関連記事】
「まさにユナイテッドの選手。あいつを買え!」 名将ファーガソンがモウリーニョに獲得を勧めた選手とは?
「アムステルダムに帰れと言われ…」元オランダ代表10番が告白した“恩師”モウリーニョとの秘蔵エピソード
「いい加減、目を覚ませ!」元マンU戦士が怒りの古巣批判! 20分間の独白で語ったことは?「数字ばかりだ…」
「なぜ日本人は怒らない?」ネイマールの酒井宏樹への差別疑惑に中国メディアが反応「自分は反対してるのに…」
「人手不足で…」ACLで前代未聞の事態! 王者アル・ヒラルが新型コロナウイルスで失格処分に「歴史的決定だ」

サッカーダイジェストTV

詳細を見る

 動画をもっと見る

Facebookでコメント

サッカーダイジェストの最新号

  • ワールドサッカーダイジェスト WSD責任編集
    9月12日発売
    欧州サッカー名鑑の決定版
    2022-2023
    EUROPE SOCCER TODAY
    シーズン開幕号
    詳細はこちら

  • 週刊サッカーダイジェスト 2022年10月13日号
    9月22日発売
    ドーハの悲劇から30年
    完全保存版
    日本代表
    W杯全史
    詳細はこちら

  • ワールドサッカーダイジェスト ワールドサッカーダイジェスト
    10月6日発売
    2022年秋最大の衝撃!!
    ハーランド&
    レバンドフスキ
    完全攻略本
    詳細はこちら

  • 高校サッカーダイジェスト 高校サッカーダイジェストVol.36
    7月8日発売
    夏の風物詩が開幕!
    インターハイ選手名鑑
    出場全52チームを徹底紹介
    1040選手の顔写真&データ網羅
    詳細はこちら

>>広告掲載のお問合せ

ページトップへ