【浦和】「背番号8を巡る物語」広瀬、小野、三都主…、6代目の柏木、それぞれの想い

カテゴリ:Jリーグ

河野 正

2014年10月28日

小野は初代8番の広瀬から連日FKのコツを教わった。

広瀬治。日本リーグ時代から8を付ける機会が多かった。技巧派プレースキッカーが8番、という流れを作った初代だ。(C) SOCCER DIGEST

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 大詰めを迎えたJ1リーグの優勝争い。現在首位を走る浦和の攻撃の中心を担うのが柏木陽介だ。今季、二度目の優勝に向けて躍動する「背番号8」だが、その番号はこれまで、攻撃を司る名手たちによって受け継がれてきた。小野伸二、山瀬功治、三都主アレサンドロ…… 浦和の「8」を巡る物語をつづる。
 
――◆――◆――
 
 オランダリーグが70-71シーズンに背番号の固定制を導入するのに伴い、アヤックスはすでに中心選手だったヨハン・クライフに付けたい好みの番号を尋ねた。4年後の西ドイツ・ワールドカップで世界的なスーパースターに栄達する若者は、「10番と言えばペレだし、9番はアルフレッド・ディステファノ。10番や9番にしたら紛らわしくなるから、誰も付けていない14番をクライフのイメージにしたい」と希望したという。
 
 当時の背番号固定制は革新的であった。そして93-94シーズンにプレミアリーグが固定制を採用すると、欧州の主要リーグが相次いで導入に踏み切っていく。それまでは先発の11人が1番から11番までを付けるのが基本だった。
 
 その流れを汲み、Jリーグも92年のナビスコカップから96年のリーグ戦まで「先発11番制」だったが(天皇杯に限っては、この間も個人が決められた番号を着用していた)、97年から固定制に移行する。
 
 背番号の固定化により、移籍や引退した選手を含め、在籍時の活躍ぶりやプレースタイルが番号からも回想できるようになった。今回、浦和の歴代8番に焦点を当てて、その顔触れと彼らを巡る物語を綴る。総勢6人はいずれ劣らぬ中盤の要人ばかり。実に多士済々である。
 
 初代は広瀬治だ。日本リーグの三菱重工時代から在籍する生え抜きで、固定制になる前も8番を頻繁に付けていた。日本リーグ時代は攻撃的MFを担当し、Jリーグ移行後はボランチやリベロに入り長短のパスでビルドアップを担当。FKの名手としても知られた。
 
 98年に加入した小野伸二は、居残り練習で広瀬から連日のようにFKのコツを教わった。すると広瀬は翌99年、自身は18番を付け、2年目の小野に8番を継がせた。その時、広瀬はこう語っていた。
「去年の夏くらいに伸二が8番を好んでいると聞いた。これからの日本サッカー界を背負っていく男だし、妻も『譲ってあげたら』と言うので伸二の気持ちが変わらないうちに渡すことにした」

小野伸二。清水商高の伝統である“司令塔=8”のイメージに、広瀬のキッカーの印象を合わせ、浦和の新8番像を築く。(C) SOCCER DIGEST

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 清水商高(現・清水桜が丘高)の選手にとって8番は特別だ。風間八宏や山田隆裕が付けてきた背番号で、やがて小野もひとつの時代を作った。広瀬の配慮に、小野も応える。
 
 浦和の司令塔に君臨した小野は「8番を付けるともっと上手くなるように思える」と01年7月までの3年半の間、度重なる怪我に見舞われながらも異次元のボール扱いで中盤の舵取りをした。卓越した技術と柔らかいボールタッチから繰り出すダイレクトパスは、観客ばかりかチームメイトと対戦相手をも唸らせたほど。
 
 福田正博を95年のJリーグ得点王に導いたウーベ・バイン、07年のJリーグ最優秀選手に輝いたロブソン・ポンテと並ぶプレーメーカーの傑作に挙げられるだろう。

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