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ソシエダの監督就任が“規定路線”だったシャビ・アロンソに起こった「予想外の事態」。レジェンドは現役時代と同様に退団を決断した【現地発】

カテゴリ:連載・コラム

ミケル・レカルデ

2024年08月23日

「出て行きたいと言ったのは僕だよ」と連絡が

昨季はレバークーゼンを2冠達成に導いたシャビ・アロンソ監督。(C)Getty Images

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 歴史書にはシャビ・アロンソは、1999年12月、ログロニェスとのコパ・デル・レイの試合でレアル・ソシエダのトップチームにデビューしたと記述されている。しかしそれは公式戦におけるデビュー戦で、実質的にはマリ代表との絵に描いたような強化試合が初舞台だった。

 アロンソは終盤に投入され、ユース時代に「才能という点では上」と評価されていた兄のミケルと一緒にピッチに立った。印象的だったのは、終了間際のソシエダのFKの場面だ。年上のチームメイトたちに対しても臆することなくキッカー役を買って出て、あわやというシュートを放った。

 その翌シーズン、アロンソはレンタル修行先のエイバルで活躍。父親のペリコの後任として招聘されたジョン・トシャックの要請を受け1月に復帰した。

 以降、ソシエダの中盤に君臨し、2002-03シーズンには、主力の1人として、ラ・リーガでの2位躍進に貢献。しかし飛ぶ鳥を落とす勢いの若き司令塔を長く引き留めるのは不可能で、その翌シーズン終了後に、リバプールに売却された。
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 ラス・パルマスでのスペイン代表の合宿中に移籍することが発表された時、私は、当時のフロントを強く批判した。そんな中、「出て行きたいと言ったのは僕だよ、ミケル」と舞台裏を明かすメッセージを送ってきたのは、当のアロンソだった。

 当時からピッチを離れてもバランス感覚は天性のものがあった。その後、クラブレベル、代表レベルでありとあらゆるタイトルを獲得。バスクサッカー史上最高の選手の称号を得るに至った。

 現役時代に培ったのはそれだけではない。スポンジのような吸収力を発揮し、ラ・リーガ連覇を経験した父親譲りの勝者のDNAに加え、リバプール時代にラファエル・ベニテスの下で守備組織の構築や球際の激しさ、ハードワークを、レアル・マドリー時代にジョゼ・モウリーニョの下で競争心やモチベーションの喚起を、カルロ・アンチェロッティの下で調整力や人心掌握術を、そしてバイエルン時代にグアルディオラの下で戦術眼を磨いていった。

 その見事なキャリア形成は、将来指導者へ転身することを見据えて、移籍先を選択していたかと思えるほどだ。
 
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