【今日の誕生日】3月7日/ドイツへの道を開拓した先駆者のひとり――尾崎加寿夫

カテゴリ:連載・コラム

サッカーダイジェストWeb編集部

2016年03月07日

大騒動を巻き起こしてしまった日本人2人目のブンデス挑戦。

当時は様々な事情により、海外へ進出した場合、日本代表のキャリアを継続することは難しかった。尾崎はアマチュアではなく、本場でプロになることを選び、新たな歴史を創った。 (C) SOCCER DIGEST

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◇尾崎加寿夫:1960年3月7日生まれ 東京都出身
 
 1980年代前半、日本サッカーはまだアマチュアであり、世界の舞台とは縁遠い冬の時代だったが、個々の選手のなかには高い能力を擁し、南米や欧州という本場のサッカーに挑戦する“サムライ”が存在した。
 
 77年には、当時世界最高のリーグといわれたドイツ・ブンデスリーガに奥寺康彦が参戦。ケルンでの1年目でリーグ優勝に貢献し、「東洋のコンピューター」というニックネームをつけられるほどの高い評価を受けた。
 
 この初挑戦から6年後、ドイツへの挑戦者第2号となったのが、当時23歳の尾崎加寿夫だ。当時、日本サッカー界において最も将来を嘱望される得点力の高いアタッカーだった。
 
 日本大学高校時代には高校選手権にも出場し、78年に日本リーグの強豪、三菱重工(浦和レッズの前身)に加入。ユース代表としても活躍し、79年の自国開催のワールドユース(現U-20ワールドカップ)ではキャプテンとしてグループリーグの3試合を戦った。
 
 その後はA代表にも名を連ねるなど、順調にキャリアを積み重ねた尾崎。しかし、その能力の高さゆえに83年、大騒動の当事者となってしまう。
 
 84年のロサンゼルス五輪出場に向けて重要なトレーニングとなる親善試合を日本代表が戦っていた時、怪我で代表を辞退したはずの尾崎は、アルミニア・ビーレフェルト入団のためにドイツに渡り、ボールを蹴っていたのだ。
 
 嘘をついて渡独したとして、尾崎に対する風当たりは一気に強くなった。ロス五輪出場への重要な戦力として尾崎を日本に留めたいサッカー協会、そして本場でプロとして挑戦したいという尾崎という、互いの思惑がぶつかった結果の騒動だった。
 
 この問題は、後に三菱が尾崎の意を汲むかたちで退部処分にしたことにより解決。彼はフリーとなり、問題なく(協会も移籍証明書を即発行)ビーレフェルトとプロ契約を交わすことができた。最初の年俸は約1千万円といわれている。
 
 強力なシュートが評価された尾崎は、ケルンとのデビュー戦でいきなり同点ゴールを記録。強豪相手の逆転勝利に貢献するという鮮烈なデビューを飾る。また13節のブレーメン戦で実現した奥寺との日本人対決は、ドイツでも大きな注目を浴びた(結果はブレーメンが3-0の勝利)。
 
 その後、ビーレフェルトでは1部リーグで2シーズン、2部リーグで3シーズンを戦い、88年にザンクト・パウリで1シーズンを過ごした尾崎は、1部リーグで62試合出場9得点、2部リーグで57試合出場9得点という通算成績を残している。
 
 オーバーリーガ(アマチュア)で1シーズンを戦った後、尾崎は90年に古巣の三菱に復帰し、Jリーグ元年の93年にヴェルディ川崎(第2ステージ&年間優勝)で現役生活を終えた。
 
 1年目の強烈な印象と比べると、それ以降の活動はやや地味なものとなった感は否めないが、日本人2人目のブンデスリーガ・プレーヤーという栄誉は色褪せることなく、またその偉大な足跡はしっかりと歴史に刻み込まれた。
 
 この後、新たな日本人選手をドイツで見るまでに、2002年(高原直泰→ハンブルク)まで待たなければならなかったが、以降は続々と新たな挑戦者がドイツの地を踏んでいる。
 
高原直泰(ハンブルク、フランクフルト)、稲本潤一(フランクフルト)、長谷部誠(ヴォルフスブルク、ニュルンベルク、フランクフルト)、小野伸二(ボーフム)、大久保嘉人(ヴォルフスブルク)、香川真司(ドルトムント)、内田篤人(シャルケ)、矢野貴章(フライブルク)、槙野智章(ケルン)、岡崎慎司(シュツットガルト、マインツ)、細貝萌(アウクスブルク、レバークーゼン、ヘルタ・ベルリン)、宇佐美貴史(バイエルン、ホッフェンハイム)、大津祐樹(ボルシアMG)、酒井高徳(シュツットガルト、ハンブルク)、清武弘嗣(ニュルンベルク、ハノーファー)、乾貴士(フランクフルト)、酒井宏樹(ハノーファー)、大前元紀(デュッセルドルフ)、金崎夢生(ニュルンベルク)、原口元気(ヘルタ・ベルリン)、大迫勇也(ケルン)、丸岡満(ドルトムント)、長澤和輝(ケルン)、武藤嘉紀(マインツ)、山口蛍(ハノーファー)
 
 その数25人。そして今シーズンは、10人がドイツの各クラブに在籍している。
 
 日本サッカー冬の時代に奥寺や尾崎が開拓したドイツへの道。今やブンデスリーガのクラブと有能な日本人選手は相思相愛の関係にあるようで、上記の数字は今後も着実に伸びていくことだろう。

こちらは日本人ブンデスリーガ・プレーヤー第1号の奥寺。ケルンでは加入1年目の77-78シーズンにリーグ&カップ優勝、ブレーメンではオットー・レーハーゲルの下で3度、リーグ2位という結果を残した。 (C) Getty Images

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いまやJリーグ→ブンデスリーガの移動は珍しくなくなったが、そこからさらなる飛躍を遂げる選手はまだ少ない。名門マンチェスター・ユナイテッドに引き抜かれた香川、レスターでプレミアリーグ優勝争いを展開している岡崎慎司に続く選手は出現するか!? (C) Getty Images

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