アディショナルタイムが５分を過ぎようとしていた。１点リードの流経大柏にとっては、終了のホイッスルを待つだけの時間だった。コーナーでキープし、選手交代の繰り返しでさらに時間を使い、ただ勝利の時を待っていた。
 
　しかし、退場者を出して防戦一方だった履正社がドラマを作り出す。試合終了の直前、DF大迫暁が左を縦に力強く突破してファーサイドへクロスを送ると、前線で身体を張り続けていたFW林大地が打点の高いヘディングを叩きつけてゴール前へ折り返した。
 
　ボールは、待ち受けたDF佐藤拓人の後方を通過。佐藤はゴールに背を向けた状態でボールを触ろうとしていたが「どけ！」という一言を放ったMF牧野寛太が右足を豪快に振り抜き、奇跡の同点弾がゴールに突き刺さった。
 
　牧野は「苦しかったけど、一応、前には運べていて、スローインを多く取れていたので、チャンスが来そうな気はしていた。自分のところに飛んできたボールを見て、これは行けると思って振り抜いた。コースは考えていなかった」と起死回生の一撃を振り返った。
 
　勝敗はPK戦に持ち越され、先攻の履正社は１番手の牧野から５人全員が成功。GK住井亮太が相手の４本目を止めて５-３で注目のプレミア勢対決を制した。履正社の平野直樹監督は「１回は絶対にチャンスが来ると思っていた。そこで集中力の高さが出た。牧野は昨年、少し注目されたことで浮き足立って、良いところを見せようとしてしまっていたけど、献身的に守備もやり始めてサッカー選手らしくなってきた」と高く評価した。
 
　履正社にとっては厳しい戦いだった。26分、守備の要であり、チームの精神的支柱である安田拡斗が一発退場。しかも前半終了間際に先制点を奪われた。それでも１本目はつないだが、前を向いて運ぼうとすると数的優位の相手に狙われた。
 
　以前の牧野ならば、得意のドリブルでの打開を考えたかもしれない。しかし「基本的に、つなぐのは無理やと思ったので、シンプルに前に蹴って押し上げて行くしかないと思った」と個人技を活かせないロングパス主体の流れに耐えながら、一発を狙い続けていた。
 
　１年時から高い評価を受け、高校選手権の８強進出に貢献。その影響もあって２年時には欲をかいたが、集大成となる今年は、その経験が活きているようだ。
 
　履正社も牧野も、まだ本来のプレーを出せていない。初戦は硬さもあって動きがバラバラになり、２回戦は退場で計算が狂った。しかも、３回戦は退場した安田だけでなく、安田とCBを組む上田将木も累積警告で出場停止となる。
 
　平野監督は「明日は、もうディフェンスしない。ずっと攻撃する」と冗談めかしたが「今日のクオリティは、低かった。でも、勝ったチームが残っていく大会。真剣勝負で苦しい場面に出会って、その反省を次のゲームに活かすチャンスがある状況。今後に向けて成長するために良い経験となる」と耐え抜いて勝利を拾った教え子の飛躍に期待を込めた。
 
　星稜との３回戦を突破できれば、１日のオフを挟んで安田と上田が戻って来る。牧野は「そうなれば、最高の状態で大きな舞台に臨んでいける」とふたりの復帰舞台を整える決意をのぞかせた。難関をどう切り抜けるのか注目だ。
 
取材・文：平野貴也（フリーライター）