「もっとサッカーを楽しんでやりなよ」
【6】
「もっとサッカーを楽しんでやりなよ」
今季は横浜から水戸にレンタル移籍中の山田康太が、横浜ユース時代に言われた一言。トップチームに交じって練習する機会があり、「ピッチの脇で一緒にボール回しをする機会があって、その時に言われて。俊さんが覚えているかは分からないですけど(笑)、自分はその言葉をすごく覚えていて、いつでも楽しんでやろうって」と、偉大な先輩からかけられた言葉を胸に刻む。短い期間ながら、一緒にサッカーをすることで「自分の中で意識が変わった」と、プロを目指していた山田にとって貴重な体験となったようだ。
【7】
「妥協したくない、これだけは譲れないっていう部分がある」
磐田時代のコメント。パフォーマンスを高いレベルで維持するために、感覚やセンス、判断力が衰えないよう、それを身体に“刷り込ませる”トレーニングを心がける。「試合に多少、負荷がかかったとしても、その前にやっておきたいことがある」と、本番に向けては自分が納得するまでボールを蹴り続ける。
【8】
「勉強になっているし、引き出しを増やさないと」
日本代表としてワールドカップや五輪を経験し、クラブレベルでは欧州の舞台でも活躍してきた。それだけのキャリアを引っ提げていても、向上心を持ち続けている。昨夏にはJ1の磐田からJ2の横浜FCに移籍。ポジションは得意のトップ下ではなく、ボランチだったが、求められる役割に全力でこなそうとするなかで、さらにプレーの幅を広げようと貪欲に学ぶ姿勢を見せていた。
「もっとサッカーを楽しんでやりなよ」
今季は横浜から水戸にレンタル移籍中の山田康太が、横浜ユース時代に言われた一言。トップチームに交じって練習する機会があり、「ピッチの脇で一緒にボール回しをする機会があって、その時に言われて。俊さんが覚えているかは分からないですけど(笑)、自分はその言葉をすごく覚えていて、いつでも楽しんでやろうって」と、偉大な先輩からかけられた言葉を胸に刻む。短い期間ながら、一緒にサッカーをすることで「自分の中で意識が変わった」と、プロを目指していた山田にとって貴重な体験となったようだ。
【7】
「妥協したくない、これだけは譲れないっていう部分がある」
磐田時代のコメント。パフォーマンスを高いレベルで維持するために、感覚やセンス、判断力が衰えないよう、それを身体に“刷り込ませる”トレーニングを心がける。「試合に多少、負荷がかかったとしても、その前にやっておきたいことがある」と、本番に向けては自分が納得するまでボールを蹴り続ける。
【8】
「勉強になっているし、引き出しを増やさないと」
日本代表としてワールドカップや五輪を経験し、クラブレベルでは欧州の舞台でも活躍してきた。それだけのキャリアを引っ提げていても、向上心を持ち続けている。昨夏にはJ1の磐田からJ2の横浜FCに移籍。ポジションは得意のトップ下ではなく、ボランチだったが、求められる役割に全力でこなそうとするなかで、さらにプレーの幅を広げようと貪欲に学ぶ姿勢を見せていた。
【9】
「ちょっと“イタイ”っていうかね、見苦しいかもしれないけど」
横浜FC移籍後、ベンチメンバーから外れる時期があった。コンディションに問題があったわけではない。シンプルにチーム内の競争で勝てていなかった。「めちゃくちゃ悔しい」と正直な想いを吐き出す一方、なにくそ、という気持ちが自分の中にあることを確認して、「だから大丈夫だよ」と笑顔も見せる。自身初のJ2の舞台で、もがいている。そんな自分が周りからどう見られているかも承知していたが、世間体など気にせず、懸命にポジションを奪い返そうとしていた。その後、ボランチのレギュラーに定着し、チームの13年ぶりのJ1昇格に大きく貢献してみせた。
【10】
「結局、俺の実力が足りなかったからだと思う」
失意に終わった2010年の南アフリカ・ワールドカップ。日本代表の10番を背負いながら、期待される活躍を示すことはできなかった。コンディションが万全でない部分はあった。大会直前の戦術やシステムの変更もあった。自身に思うところはあったはずだが、最終的には、自らの力不足を認める。うまくいかないことの原因を他に求めない。自分を客観視して、ありのままの自分を受け止め、そこから逃げない。ごまかさない。そうやって中村俊輔は、今も現役を続けている。
取材・文●広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)
【PHOTO】「伝説のFK弾」も!中村俊輔のキャリアを厳選フォトで振り返る 1997~2020
【PHOTO】中村、本田、久保らタレント揃い!ゲームを支配するレフティーを厳選!(国内編)
「ちょっと“イタイ”っていうかね、見苦しいかもしれないけど」
横浜FC移籍後、ベンチメンバーから外れる時期があった。コンディションに問題があったわけではない。シンプルにチーム内の競争で勝てていなかった。「めちゃくちゃ悔しい」と正直な想いを吐き出す一方、なにくそ、という気持ちが自分の中にあることを確認して、「だから大丈夫だよ」と笑顔も見せる。自身初のJ2の舞台で、もがいている。そんな自分が周りからどう見られているかも承知していたが、世間体など気にせず、懸命にポジションを奪い返そうとしていた。その後、ボランチのレギュラーに定着し、チームの13年ぶりのJ1昇格に大きく貢献してみせた。
【10】
「結局、俺の実力が足りなかったからだと思う」
失意に終わった2010年の南アフリカ・ワールドカップ。日本代表の10番を背負いながら、期待される活躍を示すことはできなかった。コンディションが万全でない部分はあった。大会直前の戦術やシステムの変更もあった。自身に思うところはあったはずだが、最終的には、自らの力不足を認める。うまくいかないことの原因を他に求めない。自分を客観視して、ありのままの自分を受け止め、そこから逃げない。ごまかさない。そうやって中村俊輔は、今も現役を続けている。
取材・文●広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)
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