全く大人気ない行動に走った男性２人の差は、片方が億単位の年収を稼ぐ有名人であることのみ。事件の特異性にしても、一方が有名人であるが故にビデオに収められ、ソーシャルメディアで話題となったことぐらいだ。
 
「一瞬、理性を失ってしまった」と、キャラガーは自身の行為を謝罪したが、頭に血が昇りきっている瞬間に、自分が高給を稼ぐ有名人だという意識などあるはずがない。
 
　とどの詰まりは、熱烈なリバプールとマンUのファン同士によるいざこざである。つまり、他クラブのファンの間でも見られ得る光景であるはずなのだ。
 
　実際、ダービー後の試合会場付近や、帰りの電車内で起こる両軍のファン同士による喧嘩騒ぎは、勝った側の驕りや、負けた側の腹いせが原因であることが多い。

　これは特定のクラブのサポーターである人間が多いイングランドならではの問題だとも言えるが、今回の一件を受け、家庭で「アンタ、気をつけなさいよ」と、奥方や保護者から忠告を受けた男性諸君が、英国内に幾らでもいるような気がしている。

 

　有名人であるがゆえに厳しい非難を受けたキャラガーは、ほとぼりが冷めた頃に解説の現場に復帰するのだろう。
 
　テレビ局側は今シーズン末に処分を再検討する意向を示しているが、事態を重大視していれば、事件発覚直後に解雇を通達していてもおかしくなかった。
 
　ただ、穿った見方かもしれないが、事件直後にキャラガーが涙目になりながら出演した、同局番組の『Sky NEWS』でのインタビューにしても、人気解説者を失いたくない雇用者側から「ここを我慢すればなんとかなる」と事前に説明があり、辞表を出してはいない被雇用者も、公の場で“お仕置き”を受ける覚悟ができていたように思える。
 
　合わせて1400万人近いフォロワーを持つガリー・リネカーなど解説者業界の同僚たちも、非を認めて謝罪したキャラガーの職場復帰支援をツイートしている。
 
　そして、唾を吐かれた側の父親も、解雇を望んではいない１人だ。匿名を通しきれなかった彼は、レジェンドを傷つけられたリバプール・サポーターたちによる報復のターゲットになる事態は避けたいだろう。キャラガーは「全ての非は自分にある。彼のことはそっとしておいてあげてほしい」と発言している。
 
　今回の“キャラガー対一般人”ではなく、“リバプール・サポーター対マンU・サポーター”による騒動が、「明日は我が身」として、英国の熱烈なサッカー・ファンたちへの警告となれば、今回の一件も意味があったということになるだろうか。

文●山中 忍
 
【著者プロフィール】
やまなか・しのぶ／1966年生まれ、青山学院大学卒。94年渡欧。イングランドのサッカー文化に魅せられ、ライター＆通訳・翻訳家として、プレミアリーグとイングランド代表から下部リーグとユースまで、本場のサッカーシーンを追う。西ロンドン在住で、ファンでもあるチェルシーの事情に明るい。