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偉大なフットボーラーをひとりの人間として見る力【サイモン・クーパーが最後に綴る物語|後編】

カテゴリ:ワールド

サイモン・クーパー

2024年03月31日

エムバペは教師になっていたかもしれない

 テーマは多い。リオネル・メッシ、ディエゴ・マラドーナ、ジョゼ・モウリーニョに加え、現代フットボールで最も権力を持つサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子について。

 最初の本(サッカーの敵)から30年が経った今、僕は彼らのことを複雑な感情を持った、僕やあなたと変わりのないひとりの人間として語るだろう。

 人生の長い時間をかけて、僕は偉大なフットボーラーをひとりの人間として見る力を養ってきた。もしフットボーラーでなければ、彼らはこの世界で何をしていたのだろう。キリアン・エムバペはパリ郊外のクラブで学校の教師になっていたかもしれない。幼少期のヒーローだったヨハン・クライフは、アムステルダムで株のトレーダーになっていたかもしれない。すべての選手が、無数にある可能性の中からフットボーラーを選び、フットボールの歴史は刻まれてきた。

 これからも僕はフットボールのそばで言葉を紡いでいくだろう。およそ15年間、ワールドサッカーダイジェストの誌面に言葉を生み出させてくれたことを、心から嬉しく思っている。
 
――訳者あとがき――

「文筆家としてのサイモン・クーパー」

 クーパーの自宅に電話をかけたのは2008年の終わりのことだった。

 当時住んでいたグラスゴーの古いアパートの固定電話からパリの彼の自宅にかけ、連載の話を持ちかけた。以来、約15年にわたり月に一度、訳者として、またひとりの愛好家として、その独特の文章を楽しませてもらった。『ワールドサッカーダイジェスト』での連載は今回が最後となる。来月は手元に原稿が届かないというのは、やはり寂しいものだ。

 今回のコラムでも触れられた『サッカーの敵』を読んだのは、僕が20歳くらいの頃だった。当時、そのあまりの完成度の高さに衝撃を受けたことを覚えている。クーパー独特の描写や、読むものを惹きつけるストーリーテリング、人間との対話の妙。その背景には必ず世界の(フットボール)文化への深い造詣があった。文章家としてのクーパーに、個人的にも大いなる影響を受けた。技法的な観点からも、そして感性の面でも、多くのことを学ばせてもらった。

 クーパーはどこか風変わりな人物ともいえる。EURO2008では、記者室で孤独にひたすら分厚い本を読んでいた。他の記者連中と群れる姿を見たこともない(記者とつるまない彼はある意味で孤独だった)。独り、文章を追求するそんな姿に親しみを感じた。

 いつだったか、彼は当連載でこんな一文を記している。

Every match a team plays, all the ghosts of its past sit on its shoulders and play too.(チームがピッチに立つとき、その歴史を築いた過去の亡霊たちも選手の背中に宿り、ともに戦っている)

 フットボールは過去と現在、そして未来を一本の線で繋いだところに普遍的に存在している。

 それはピッチ上の潮流でもなく、数年経てば次の何かへとひょいと移り変わる一過性の戦術でもなく、やたらと外国語を用いたがるその時々の流行り言葉でもない。クーパーはその筆力と、文化的蓄積でフットボールを語り続けてきた。

 連載という貴重な機会を与えてくれた当時の編集長や数々の担当者、今日まで付き合ってくれた編集部の方々には、心から感謝している。

 連載終了の決定を伝達すると、彼はパリから僕が住むバルセロナに一通の手紙を送ってきた。そこにはこの15年間の記憶、自身は読むことのできない日本の雑誌への謝辞が書かれてあった。彼独特の歪んだ筆記体が、すでに懐かしくなっていた。

文●サイモン・クーパー 翻訳●豊福 晋

著者紹介/ヨーロッパを代表する著述家。英経済紙『フィナンシャル・タイムズ』などで健筆を振るう。スポーツを人類学的見地から考察する新たなジャンルを切り開き、1994年、サッカーの裏側に迫ったエポックメーキングな名著『サッカーの敵』を上梓し、ウィリアム・ヒルが主催する「スポーツ・ブック・オブ・ザ・イヤー」を獲得した。ウガンダ生まれのイギリス人で、オランダ、アメリカ、スウェーデン、ジャマイカで育ち、イギリスとアメリカで教育を受けた、ワールドワイドなバックグラウンドの持ち主だ。1969年生まれ。

※『ワールドサッカーダイジェスト』2024年1月18日号の記事を加筆・修正

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