【仙台】東日本大震災発生から4年、今季も“復興のシンボル”として歩み続ける

カテゴリ:Jリーグ

板垣晴朗

2015年03月11日

「このチームでプレーする意味を分かり合ったうえでプレーしたい」と主将の富田。

東日本大震災で亡くなられた方々の慰霊碑に手を合わせる二見(手前)と副主将の奥埜。地震発生時刻には仙台の選手たちも黙祷を捧げた。

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仙台市の中でも被害の大きかった若林区荒浜。復興が遅れている地域はまだまだ多い。

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 ベガルタ仙台というクラブにとって、3月11日という日はその使命を強く意識させられる日だ。2011年のこの日に、東日本大震災が発生。傷ついたホームタウンとともに歩み、“復興のシンボル”となる使命が、その時から仙台には加わった。
 
 それからの仙台はJ1の優勝争い(2011、12年)やACL(13年)といった華々しい舞台に経ったこともあれば、昨季の残留争いのような苦しい時期も経験した。そのどんな時期でも、日本の多くの地域で震災の記憶が薄らいでも、仙台はピッチ上の勝負だけでなく、各種復興支援活動も併せて“復興のシンボル”であろうとしてきた。
 
 2015年3月11日、東日本大震災の発生から4年が経った。現在の仙台を率いる渡邉晋監督は、震災発生当時は仙台のコーチだった。昨季途中、監督に就任し、指揮官として初めて開幕を迎えた今年は、いっそう“復興のシンボル”としての使命をチームに意識させている。
 
 この4年で、多くの選手が入れ替わった。11年に仙台で被災した選手のうち、今もこのクラブに残っているのは鎌田次郎、梁勇基、富田晋伍、菅井直樹、石川慧、そして当時JFA・Jリーグ特別指定選手だった奥埜博亮の6人だけとなった。
 
 そこで渡邉監督は今季の始動日とした1月20日に、地震と津波の被害が大きかった宮城県名取市の閖上地区をチーム全員で訪問した。「新しく仙台を選んでくれた選手やスタッフにも、我々がサッカーをする地域に何が起こったのかを知ってもらいたかった」と指揮官はその意図を説明した。
 
 3月11日の午後には、仙台市若林区荒浜をチーム全員で訪問。慰霊碑に献花し、地震が発生した14時46分には黙祷した。
「自分自身が経験した地震のことや、被害を伝えるニュースのことを思い出していました」と話したのは富田。今季主将に就任した彼は、
「このチームでプレーする意味を分かり合ったうえでプレーしたい」と、熱い想いを語っている。
 
 新加入選手の中にも、渡部博文のように“東北人魂を持つJ選手の会”で復興支援活動に関わってきた選手もいる。「使命感を持って戦い、この地域を盛り上げたい」と語る彼ら新戦力とともに、今季のベガルタ仙台も“復興のシンボル”として、この街とともに歩む。
 
取材・文:板垣晴朗
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