C・ロナウドはユーベ移籍目前だった! あの敏腕GMの息子が14年前の秘話を明かす

カテゴリ:メガクラブ

サッカーダイジェストWeb編集部

2017年11月01日

リスボンにスタッフを派遣してまで熱心に迫ったが…。

スポルティングに所属していた2003年のC・ロナウドには、リバプールやアーセナルも獲得に迫っていたほどの実力とタレント性が備わっていた。ユーベはそんな超逸材をなぜ口説き落とせなかったのか。 (C) Getty Images

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 サッカー界に「たら・れば」は禁物だ。それでも、「この話が実現していたら歴史はどう変わっていたのか」と考えてしまうファンは少なくないのではないだろうか。
 
 かつてユベントスの敏腕GMだったルチアーノ・モッジの息子で、代理人のアレッサンドロ・モッジが、イタリア紙『トゥットスポルト』で、レアル・マドリーのクリスチアーノ・ロナウドが14年前にユーベに移籍する可能性があったと明かした。
 
 モッジ代理人によると、C・ロナウドの代理人を務めるジョルジュ・メンデスは当時、スポルティングに所属していた18歳の同選手をイタリアに移籍させようとしていたという。そこで、モッジ代理人が共同設立者のひとりだったエージェント会社「GEA」とコンタクトを取っていたそうだ。
 
 2003年当時のセリエAは、「世界最高峰のリーグ」とも称され、ワールドクラスのスターがひしめいていた。それだけに、まだ18歳と若いポルトガルのマデイラ島出身の青年に扉を開くクラブは多くなかったという。
 
 モッジ代理人はパルマやラツィオといったクラブにC・ロナウドを売り込んだものの、「才能に議論の余地はなかったが、あまりに若かったので信頼されなかった」と明かした。だが、当時イタリア王者だったユーベだけは、C・ロナウドに関心を示したようだ。
 
「ユーベは彼の技量を疑っていなかった。メンデスと一緒に幹部たちをリスボンまで派遣したんだ。スポルティングとの交渉を短期間でまとめるためにね。ユーベの狙いは、放出しようとしていたマルセロ・サラスとのトレードだった」
 
 しかし、チリ代表の主砲サラスの了承を得られないうちに、ユーベはC・ロナウドを逃すことになる。時を同じくして獲得に動いていたマンチェスター・ユナイテッドの指揮官アレックス・ファーガソン監督の息子ジェイソンが、リスボンのホテルを訪れ、“赤い悪魔”への移籍をまとめ上げたのだ。
 
 モッジ代理人は、「あのリスボンでの2日間のことは、何百万回と考え直した。彼がユーベに移籍していたら、欧州サッカーの歴史が少し変わっていたかもしれない」とコメント。その後の活躍でサッカーの歴史に名を残したC・ロナウドの移籍を実現できなかったことを悔やんだ。
 
 ただ、同代理人は「最も悔しかったことではないかもしれない」とも主張してもいる。
 
「当時の私はロナウジーニョのユーベ移籍にも近づいていたからね。そちらもわずかの差で実現しなかったのだが……」
 
 2003年にパリ・サンジェルマンからバルセロナに移籍したロナウジーニョが、バロンドールを筆頭に数々の栄光を手にしたのは周知のとおりだ。
 
 もしも、偉大なバロンドーラーたちがイタリアの「老貴婦人(ユベントスの愛称)」に加わっていたら……やはり、想像せずにはいられない。
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