W杯トロフィーが政治の道具に――ホワイトハウスで起きた“禁断の一幕”【現地発】

カテゴリ:ワールド

リカルド・セティオン

2025年10月08日

「ビューティフル。素晴らしい金の塊だ」

素手でトロフィーを持つFIFAのインファンティーノ会長(右)と話に耳を傾けるトランプ大統領(中央)。(C)Getty Images

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 2026年北米W杯まで、すでに9か月を切っている。しかしこの大会は、選手やサポーターのためのイベントではなさそうだ。

 8月、FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長はホワイトハウスを訪れた。世界で最も写真を撮られる部屋、米国大統領執務室――そこにはドナルド・トランプ大統領がいた。インファンティーノの手には、革製のカバン。中に入っているのは、サッカー界で最も権威あるW杯のトロフィーだ。レプリカなどではない。トロフィー輸送用ケースを専属で手掛ける『ルイ・ヴィトン』の特製トランクに入れられ、スイスから専用ジェットでここまで運ばれてきた。

 だが、何かがおかしい。インファンティーノもトランプも、白い手袋をはめていない。FIFAが定めたルール上、素手でトロフィーに触れられるのは、W杯決勝のセレモニーでトロフィーを渡すFIFA会長とW杯優勝者だけ。トロフィーを会場に運ぶ係でさえ、白手袋を着けなければならない。しかし、彼らは何もつけていなかった。

 インファンティーノは満面の笑みを浮かべ、地元メディアを前にトランプに語った。

「これは勝者のためのトロフィーです。優勝した者だけが素手で触れられる。あなたは勝者だから、素手で触ることができる」

 トランプは椅子に座り、インファンティーノはその横に立ち、来年のW杯がいかに素晴らしいものかと熱弁をふるう。それを聞くトランプは終始つまらなそうだ。そしてあたかも当然のように、FIFA会長からトロフィーを受け取ったという。

 トランプはトロフィーを手に取り、眺め、持ち上げて言った。

「ビューティフル。素晴らしい金の塊だ。これをずっとここに置いておいてもいいかな? どこに置こうか……そうだ、あの写真の下、リンカーン大統領の写真の下あたりに」

 さらにこう続けた。

「しかし軽いな。ちょっと金が少なすぎる。私は金のことならよく分かる」

 W杯トロフィーの重さは6.175キロ。18金で作られていて、75%が純金。つまり4.93キロが金だ。高さは約37センチ。台座は緑の孔雀石。
1970年まではジュール・リメと呼ばれるトロフィーが使われ、これは3度優勝したブラジルが永久保持(その後盗難に遭い、現在はレプリカが残る)。現在のトロフィーは、セレモニーで選手の手に渡るが、大会後はスイスのFIFA本部に保管される。チームが保持できるのはレプリカだ。つまり、それだけ貴重であり、サッカーの象徴と言っていい代物なのだ。
 
 だからこそ、ホワイトハウスで起きた出来事には強い違和感を抱かざるをえない。世界王者でもない人物が、本物のトロフィーに数分間触れる――そんなことはあってはならない。トランプだけではない。彼の側近、副大統領、国務長官らも次々にカップに近づき「触らせてくれ」と要求したという。

 さらにインファンティーノは、トランプにW杯決勝のチケットも手渡したそうだ。チケットには決勝の日付と「1列1番」と書かれていたという。だが、トランプはそれを無頓着に受け取り、横に置いた。リスペクトは一切感じられない。

 この一連の振る舞いは、2026年W杯が純粋なスポーツの祭典である以上に、政治的な舞台であることを物語っているようだった。つい思い浮かぶのは、こんなフレーズだ。史上最大規模のW杯であると同時に、史上最大の困難を抱えたW杯――。

 インファンティーノとトランプという、世界的な組織と国家のトップが、ボールが一度も転がらないうちから世界を騒がせた。

 インファンティーノはこれまでもたびたびトランプのもとを訪れている。大統領就任祝いの席にも駆け付けた。そして今回は、最も重要なトロフィーを携えて、ホワイトハウスを訪れた。

 なぜこれほどまでに頻繁に、そしてこのような演出を繰り返すのか。理由は「恐れ」だろう。インファンティーノは何が何でもこの史上最大規模のW杯を成功させたい。しかし、トランプの一声で成功のシナリオは書き換えられてしまうかもしれない。抱いているのは、そんな恐怖だ。サポーターのアメリカ入国を拒否されるかもしれない恐れ、ビザが簡単に下りないかもしれない恐れ、入国審査や警察対応が過度に厳しくなるかもしれない恐れ。そうした不安に対する配慮から、彼はあえてトランプにトロフィーを触らせ、彼を「大会の当事者」のように感じさせようとしたのかもしれない。

 こうしてW杯の神聖なトロフィーは、外交ツールとなった。

「史上最大、史上最高のW杯をここアメリカで!」

 インファンティーノは高らかと宣言し、トランプは笑った。現代のサッカーは、残念ながら政治を切り離せない。たとえトランプがサッカーの本質を理解していなくても、その存在を必要とする。

取材・文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/1963年8月29日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。ジャーナリストとし中東戦争やユーゴスラビア紛争などを現地取材した後、社会学としてサッカーを研究。スポーツジャーナリストに転身する。8か国語を操る語学力を駆使し、世界中を飛び回って現場を取材。多数のメディアで活躍する。FIFAの広報担当なども務め、ジーコやカフー、ドゥンガなどとの親交も厚い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授として大学で教鞭も執っている。
 
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