「僕ならまだまだ上に行ける」 J2→J1→日本代表→海外挑戦…ギリギリでプロになった坂元達裕の成り上がりキャリア。初招集で衝撃「このままじゃダメだ」
カテゴリ:海外日本人
2025年06月16日
「Jリーグでやっているのと比べ物にならないぐらいの違いを感じた」
1996年10月生まれで東京都東村山市出身の坂元達裕は、FC東京ジュニアユース、前橋育英高校、東洋大学を経て、2019年にJ2のモンテディオ山形でプロデビュー。その2年後にJ1のセレッソ大阪に活躍の場を移すと、日本代表入りも果たした。
1歩1歩階段を上がるなか、2022年1月にベルギー1部オーステンデヘ移籍。そして2023年7月からイングランド2部コベントリーでプレーしている。
海外での4シーズン目を終え、5シーズン目に向かう28歳の胸中に迫った(第3回/全6回)。
【#1】「また届かないか」開きかけたプレミアへの扉――坂元達裕が今、思うこと。ランパード監督も認める28歳が欧州で躍動する理由が垣間見えた
【#2】ワクワクと同時に危機感。坂元達裕にとってランパード監督とは? 大好きなコベントリーで共にプレミアへ「昇格に導けるような圧倒的な選手になる」
――◆――◆――
坂元はFC東京のジュニアユースからユースへ昇格できず、挫折を味わった。それでもサッカーの名門校で着実に力をつけ、プロの道へ。それ以来、J2→J1→日本代表→海外挑戦とステップアップを踏んでおり、当初は全く想像できなかったキャリアを送っている。
「僕はプロになれるかも結構ギリギリの状況だったので。もちろんその時には、海外に出る考えは1ミリもなかったです。1歩1歩堅実に結果を残して階段を上ってきた気がします。もう少し絶対的な圧倒的な結果を残せていたら、もっとトップのリーグでやれていたのかもしれないですけど、僕の今の実力はここ。自分が想像していた以上の結果は残してこれているなかで、僕ならまだまだ上に行けると思っています」
1歩1歩階段を上がるなか、2022年1月にベルギー1部オーステンデヘ移籍。そして2023年7月からイングランド2部コベントリーでプレーしている。
海外での4シーズン目を終え、5シーズン目に向かう28歳の胸中に迫った(第3回/全6回)。
【#1】「また届かないか」開きかけたプレミアへの扉――坂元達裕が今、思うこと。ランパード監督も認める28歳が欧州で躍動する理由が垣間見えた
【#2】ワクワクと同時に危機感。坂元達裕にとってランパード監督とは? 大好きなコベントリーで共にプレミアへ「昇格に導けるような圧倒的な選手になる」
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坂元はFC東京のジュニアユースからユースへ昇格できず、挫折を味わった。それでもサッカーの名門校で着実に力をつけ、プロの道へ。それ以来、J2→J1→日本代表→海外挑戦とステップアップを踏んでおり、当初は全く想像できなかったキャリアを送っている。
「僕はプロになれるかも結構ギリギリの状況だったので。もちろんその時には、海外に出る考えは1ミリもなかったです。1歩1歩堅実に結果を残して階段を上ってきた気がします。もう少し絶対的な圧倒的な結果を残せていたら、もっとトップのリーグでやれていたのかもしれないですけど、僕の今の実力はここ。自分が想像していた以上の結果は残してこれているなかで、僕ならまだまだ上に行けると思っています」
元々海外挑戦には興味がなかったものの、C大阪時代の2021年に受けた日本代表初招集が、考えが変わるきっかけになったという。
「その時はまだ若かったというか、本当に考えが甘くて、受け身な形で代表に行ってしまいました。少しビビりながら行って、ヨーロッパでやっている日本人の選手たちに圧倒されたんですよね。強度や球際の部分は、Jリーグでやっているのと比べ物にならないぐらいの違いを感じて、その時に『このままじゃダメだ』と。激しい環境でプレーすることが自分の成長に繋がると思ったので、そこから海外を意識し始めました」
森保ジャパンで一緒にプレーした選手の中で、特に印象に残っている、衝撃を受けた選手には守田英正の名を挙げた。
「シンプルにプレッシャーのスピードや球際の部分、1対1とかを練習の中でやって、圧が全然違ったというか。他にもそういう選手はたくさんいましたし、それがアベレージだったので、衝撃を受けましたね」
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「その時はまだ若かったというか、本当に考えが甘くて、受け身な形で代表に行ってしまいました。少しビビりながら行って、ヨーロッパでやっている日本人の選手たちに圧倒されたんですよね。強度や球際の部分は、Jリーグでやっているのと比べ物にならないぐらいの違いを感じて、その時に『このままじゃダメだ』と。激しい環境でプレーすることが自分の成長に繋がると思ったので、そこから海外を意識し始めました」
森保ジャパンで一緒にプレーした選手の中で、特に印象に残っている、衝撃を受けた選手には守田英正の名を挙げた。
「シンプルにプレッシャーのスピードや球際の部分、1対1とかを練習の中でやって、圧が全然違ったというか。他にもそういう選手はたくさんいましたし、それがアベレージだったので、衝撃を受けましたね」
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