【番記者通信】気になる“Yワード”裁判の行方|チェルシー

カテゴリ:メガクラブ

ダン・レビーン

2014年03月06日

キャメロン英首相も関心を示す社会的問題。

「冷静に、チェルシーを嫌え」。昨年9月のトッテナム対チェルシー戦では、そんなメッセージTシャツが露店で売られていたが、もっと過激で差別的な言葉がスタジアムでは飛び交っている。 (C) Getty Images

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 突然だが、皆さんは「イード(Yid)」という単語の意味をご存じだろうか。一般的にイードはユダヤを侮辱する差別用語で、ロンドンのスタジアムでは驚くほどよく耳にする。

「イード・アーミー」は、トッテナム・ホットスパー(スパーズ)のファンの呼称だ。起源には諸説あるが、スパーズの本拠地ホワイト・ハート・レーンの近くにユダヤ人街があったからというのが有力な説だ。数は少ないながら、熱烈なユダヤ系のサポーターがいたため、定着していったようだ。時代の流れとともに、スパーズファンは「イード」を自分たちのアイデンティティーと感じるようになり、強いプライドを持って「イード」と名乗るようになった。
 試合中は、ユダヤ系でもそうでなくても、ファンは一緒になって「イード、イード」とチャントし、ツイッターのアカウント名にイードを使用するファンがいたり、スタジアムの外の露店ではこの言葉がプリントされたTシャツが売られたりもしている。
 イード・アーミーを自称するサポーターは、差別用語をあえて使うことで、悲劇的なユダヤの歴史を忘れず、アイデンティティーを守っていると、そう主張する。しかし、スパーズ以外のファンは、イードの連呼に眉をひそめている。

 もっとも、そのイードについて、チェルシーは批判めいたことは言えない。伝統的に、一部のチェルシーファンは極右との太い繋がりがあるためだ。向こう側のスタンドに陣取る「イード」に対して、チェルシー側はヒトラーに例えられたりもする。

 そんなチェルシーファン(さらにスパーズの近隣のライバル、ウェストハムとアーセナルのファン)の一部は、トッテナムファンが唄う「俺たちはウェンブリーに行く!(注:ウェンブリーはFAカップ決勝の舞台。8回の優勝をスパーズファンは誇りにしている)」というチャントを皮肉り、「スパーズはアウシュビッツへ向かっている」と合唱したりする。もっと酷い輩になると、「シューッ」という音をこれに加える。アウシュビッツのガス室を描写したものだ。

 英国は過去20年にわたり人種差別を厳しく取り締まり、そのおかげで人種差別絡みの事件は少なくなった。それでもなお、差別用語、差別的表現はなくならず、人種差別は根強く残っている。

 3月は、イードの問題がヒートアップするはずだ。なぜなら、この言葉をスタジアムで連呼した3人のスパーズファンが告訴されたからだ。公共の場で“暴力的な、脅迫じみた”言葉を使ったという罪状だ。

 有罪となれば、懲役刑とはいかないまでも、罰金刑に処されるはずだ。そして被告の3人には、現代の英国社会ではタブーとされる人種差別犯罪の前科がつくことになる。当人たちにとって、これは重い十字架だ。法廷で争点となるのは、「イード」が社会的に許容される言葉と認められるか否か。無実なら、それがどんなに耳に不快であっても、違法性はないとの法的判断が下ったことになる。有罪なら、たとえ悪意がなくても罪を犯したことになる。

 大のチェルシーファンであるコメディアンのデイビッド・バディエルは、ユダヤ系イギリス人で、「Yワード(イードの婉曲表現)」に嫌悪感を示すひとりだ。彼は、「(黒人差別の言葉である)ニガー・アーミー」と置き換えれば、事の深刻さを理解できるだろうと持論を展開している。

 この問題については、デイビッド・キャメロン英国首相も関心を示している。夫人がユダヤ系で、その影響もあるはずだ。首相は個人的な見解としたうえで、スパーズファンが自分たちを「イード・アーミー」と呼ぶのはまだ分かるが、差別的に用いるのは断固として反対だとしている。

 3人の被告に英国の司法はどんな判断を下すのか。たった3文字の短い単語に大きな注目が集まっている。

【記者】
Dan LEVENE|Fulham Chronicle
ダン・レビーン/フルアム・クロニクル
チェルシーのお膝元、ロンドン・フルアム地区で編集・発行されている正真正銘の地元紙『フルアム・クロニクル』のチェルシー番。親子三代に渡る熱狂的なチェルシーファンという筋金入りで、厳しさのなかにも愛ある筆致が好評だ。

【翻訳】
松澤浩三
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