「タカシ・イヌイは来シーズン、ベティスでプレーする」

　先日、リーガ・エスパニョーラのハビエル・テバス会長がそう明言したのは記憶に新しいところであり、ここではリーガ会長のその言葉を前提に話を進めていくが、イヌイの獲得がベティスにとって、スポーツ面で意味のある補強であることに疑いの余地はない。

　この日本人のサイドアタッカーは、エイバルに３シーズン在籍し、１部に昇格したてのバスクのチームとともに著しい成長を遂げてきた。年数を重ねるごとに、攻撃面でのバリエーションは増え、ボールコントロールのクオリティーが向上し、１試合の中で何度となく決定的なプレーを生み出す熟成したプレーヤーになった。

　またイヌイの存在は、日出づる国にスペイン北部の一都市を注目させたという点でも大きい。イヌイのおかげでエイバルは、偉大なるレアル・マドリー、バルセロナに次いで３番目に日本人のフォロワー（サポーター）が多いクラブとなったのだ。エイバルのファンクラブが東京で立ち上がり、バスク地方の観光にもポジティブな結果がもたらされている。

　ベティスはスポーツ面だけでなく、そのイヌイの人気の高さを利用し、アジアでの知名度を高め、テレビ放映権料、スポンサー協賛金、入場料収入の増加といった経済効果も狙っている。セビージャの町自体は、すでに日本人にも広く知られているようだが、イヌイの参入はそのさらなる助けになるかもしれない。
 

　だが私の中には、素朴な疑問がある。それは、欧州の舞台への返り咲きを狙うベティスのような名門クラブに移籍したとして、はたしてイヌイはスタメンを張れるのか、というものだ。

　32節を消化したリーガにおいて、イヌイの成績は４ゴール・１アシスト（31試合出場）。ベティスの監督、キケ・セティエンにスタメンとして起用されたいと望むなら、得点力の向上は必要不可欠だろう。また広告収入の面でも、言うほどに効果は期待できないような気がしている。

　適応の問題もある。セビージャはエイバルよりずっと大きな都市（人口３万人弱のエイバルに対し、セビージャはおよそ70万人）で、スペイン北部のエイバルとはイベリア半島のちょうど反対側の南部に位置していることから、気候、食文化、生活習慣、ファン気質などすべてが異なるのだ。

　ベティスの宿敵であるセビージャはかつて、指宿洋史、清武弘嗣とふたりの日本人選手を獲得したが、ふたりとも若くしてアンダルシアにやって来て、理由は異なりながらも、成功を収められずにチームを去った。

　慣れ親しんだエイバルを離れてベティスに移籍するのは、イヌイにとって大きなチャレンジに違いない。だがベティスにとっても、今年６月で30歳になるイヌイの獲得は、大きな賭けとなる。

　サッカー的にも経済的にも互いに有益であるためには、ベティスとイヌイのさらなる成長が望まれる。お互いにとって、この賭けがどういった結果を生み出すか。それは、じきにだれもが知ることになるだろう。

文●ホセ・アントニオ・エスピナ（AS紙記者）
翻訳●山本美智子