【黄金世代】第1回・小野伸二「天才は3度のW杯でなにを得て、なにを失なったのか」(♯3)

2017年05月02日 川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)

カズさんの11番を背負ったんですよね。

2004年、イングランド代表戦でゴールを決め、久保竜彦とハイタッチを交わす。日本代表でも魅せるプレーを連発した。(C)Getty Images

 日本代表での活動も波が激しかった。
 
 ワールドカップには3度出場し、それぞれに深い思い出があるという。
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「初めてのワールドカップ(98年大会)。カズさんがまさかの落選をしたなかで11番を背負ったんですよね。とんでもないことをしたなって思いますよ。18歳で、まだあの頃はワールドカップの凄さが分かってなかったし、出たいとさえ思ってなかった。
 
 海外の選手と試合をすること自体がすごく特別な感じだったんで、その延長線でしかなかったんです。2002年になってようやくその凄さを実感しましたね。国中が応援してくれてたし、アドバンテージがかなりあって。チームとしてもまず1勝を挙げて、グループリーグも突破とスムーズで、波に乗って行けた。まあ終わり方は残念でしたけど」

 
 選手によって好き嫌いがはっきり分かれるトルシエ監督に対しては、「むっちゃ好きですよ、僕は。日本代表のなかで一番好きな監督かなぁ。あの緊張感が良かったし、アメとムチの使い分けが巧かった」と評した。
 
 そして、脂の乗り切った27歳で迎えたのが、2006年のドイツ・ワールドカップ。失意のどん底に突き落とされた。
 
「最終予選のバーレーン戦の直前に大怪我をしたんですよね。かなりショックで、ワールドカップ本大会までの時間もあまりなかったから焦ってたんだけど、なんとかメンバーには選んでもらえた。
 
 で、初戦のオーストラリア戦。途中から出場して、そっから逆転負けですからね。ショックはそうとうなものだったし、僕のなかではいちばんデカい敗戦だった。そこを引きずっての2試合目(対クロアチア、0-0)、3試合目(対ブラジル、1-4)だったし。非常にいただけないワールドカップでしたね」

次ページ海外の選手特有の威圧感ってやっぱりある。

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