「なんなんですかね、彼は」。恩師も想像できなかった冨安健洋の成長曲線【東京五輪メンバーのルーツ探訪】

2021年07月16日 白鳥和洋(サッカーダイジェスト)

恩師の藤崎が冨安少年をCBに固定しなかった理由

小学生の頃から地元では名の知れた選手だった冨安。福岡のアカデミーでは主にボランチを務めていたという。(C)J.LEAGUE

 東京五輪で悲願の金メダル獲得を期す、選ばれし22人。全世界注目の戦いに挑む彼らは、この大舞台に辿り着くまでどんなキャリアを歩んできたのか。

 7月8日発売の『サッカーダイジェスト』では、「ルーツ探訪」と題した特集を企画。恩師らの証言から読み解く、一人ひとりの成長物語を掲載している。

 ここでは、成長著しい22歳のCBをピックアップ。

  アビスパ福岡のアカデミーに入団しても浮かれることなく、当時の学校の担任にも「ごく普通の生徒」と見られていた。素朴に、淡々と──。それでいて、どこか達観したところもあった冨安健洋の「ルーツ」を紹介していく。

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 6月24日発売号の『サッカーダイジェスト』誌の特集「日本代表・歴代最強ベストイレブン」で、選定者のひとりだった元日本代表CBの坪井慶介はマイベストイレブンの中に冨安健洋を選出。この若きCBの凄さをこう説明してくれた。

「体格に恵まれてスピードがある割に頭脳的なプレーが多いところが素晴らしい。22歳と若いのにフィジカル任せではなく、読みとポジショニングもだいぶ意識している。だからこそ、海外でも成功しているのかなと。いやはや、恐ろしい選手です」

 冨安の恩師のひとりである藤崎義孝(現アビスパ福岡チーム強化部スタッフ)に坪井のそんな評価を伝えると、藤崎は「へー、そうなんですね」と驚きとも冷静とも取れるリアクションで応じた。

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「地味だなあ……」

 福岡U-15のセレクションでの冨安のプレーを見て、福岡のアカデミーに関わってきた藤崎はそんな印象を抱いていた。

「地元では小学生の頃から名の知れた子で、彼が通っていたバルセロナ・サッカースクールからうちに推薦状も届いていました。だから、想像ばかりが膨らんでしまって(笑)。身体は大きいし、スピードもあるんですよ、でも、思ったより『地味だなあ……』という印象でした」

 それでも、どこか大人びたプレーに藤崎は惹かれていた。

「うちのセレクションを受けたのが、6年生(2010年)の9月か10月。その頃から身長は飛び抜けて高かったですね。でも、その割にプレーがフィジカル任せではありませんでした。大きい身体をしっかりとコントロールできていたんです。この年代で身長が高いと、身体を思い通りに動かせないというか、ぎこちないプレーになりがちですが、タケ(冨安の愛称)はそういうところがまるでありませんでした」

 身体能力に頼らず、小学6年生にして頭脳的なプレーを披露。技術的に卓越しているわけではないが、「今の自分にできる・できないこと」を整理する能力には長けていた。そんな冨安が福岡U-15に正式入団すると、藤崎は「彼をこのスタンスのまま成長させなければならない」という使命感を覚えていた。

「将来的にA代表に選ばれるだろう。U-15に入った時からそれは想像できていました。だから、彼をこのスタンスのまま成長させなければならないと。そのうえで僕たちコーチングスタッフが考えたのは、タケをどのポジションに置くかでした」

 この段階でCBに固定するとプレーの幅を狭める恐れがある。身体能力に頼っているわけではないが、ポジショニングや状況判断はまだまだ甘い。総合的な観点から藤崎たちが出した結論は、ボランチだった。

「(ユースを含む)アカデミー時代は主にボランチをやらせた記憶があります。ピッチを360度見渡せるポジションで、いろんなプレッシャーを感じてほしかったので。コーチ陣とも『センターバックに下げるのはできるだけあとの年にしよう』という話はしました」

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