【W杯 現地レポート】カナリアが消えた――「ミネイラッソ」は開催国ブラジルにどんな爪痕を残したのか

2014年07月11日 熊崎敬

勝利から得る歓びが大きいほど、敗れたときの失意と怒りも…。

 セレソンの勝利は国中を明るく照らす――。
 ワールドカップを取材して、ぼくはいろんな場面でそのことを実感した。
 
 コロンビアとの準々決勝当日、ぼくは可愛い声のブラジル国歌とともに目覚めた。宿の夫婦の手拍子に合わせて、その娘が国歌を嬉しそうに歌っていたのだ。とても幸せそうな光景だった。
 
 コパ(ワールドカップ)やサッカーについてよく知らなくても、ブラジルの子供たちは4年に一度のコパを通じて、ブラジル人であることに歓びや誇りを得ていく。
 
 だが勝利から得る歓びが大きければ、敗れたときの失意、怒りも当然大きい。
 ドイツに1-7と惨敗した「ミネイラッソ(ミネイロンの悲劇)」は、ブラジル人を深い悲しみに突き落とし、怒りの感情に火をつけた。
 
 サンパウロ南部のグアラピランガでは、停めてあったバス20台が焼討ちに遭った。サンパウロ市内だけでもバス、自家用車への放火が5件起こり、さらに1件の略奪が発生。サンパウロ市当局は敗戦直後、治安維持部隊の増強に努めたが、騒乱を鎮めることはできなかった。南部のクリチーバでも15台のバスが、投石と焼討ちの被害に遭った。
 
 バス焼討ちというと日本では信じられないかもしれないが、こちらでは新聞の一面を飾るほどのニュースにはならない。「あれほどの惨敗を喫したんだから、それくらい起きるだろう」といった印象だ。ぼくも、そんなふうに考えている。たかだか1か月、ブラジルに滞在しただけで、当地の感覚に慣れてしまったのだろう。
 
 大会中は心配されたデモは、ほとんど起きなかった。昨年のコンフェデレーションズ・カップでは全国規模のデモが発生し、首都ブラジリアの国会議事堂が占拠される事態となった。だが今回、その二の舞は避けられた。
「大会中、人々は国会には向かわない。試合を観るために家にいるだろう」というスポーツ大臣アルド・レベロ氏の発言通りになった。
 
 もっとも、これからワールドカップ反対派の動きが活発化するだろうという見方がある。
 
 ブラジルが仮に優勝していたら、大会に投じられた1兆円をはるかに超える予算は、たとえ福祉や教育がおざなりにされても「国民を幸せにするために使われた」と取り繕うこともできた。だが、そうはならなかった。セレソンは国辱ものの惨敗を喫し、人々を失意の底に突き落とした。
 
 ブラジルでは大統領選挙が4年に一度あり、それはワールドカップイヤーと重なる。この敗戦が現政権に与える影響は大きいと考える人は少なくない。

次ページ恐れているのはアルゼンチンの戴冠。

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