ザックJAPANの「悩める今ちゃん」 ブラジル行きを決めた豪州戦後も…【W杯アジア予選を突破した日】

2020年05月09日 佐藤俊

短期集中連載『W杯アジア予選を突破した日』vol.5 日本vsオーストラリア|本田の同点弾で5大会連続の出場権

2010年、14年ワールドカップに出場した今野。チームメイトからは「今ちゃん」のあだ名で親しまれていた。写真:滝川敏之

 過去6度のワールドカップに出場した日本代表は、これまで5度のアジア予選を突破してきた。本稿ではそれぞれの最終予選突破を果たした試合にスポットを当て、そこにまつわる舞台裏エピソードや関係者たちの想いに迫る。(文●佐藤 俊/スポーツライター)

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 ブラジル・ワールドカップを目指して戦う日本代表において、今野泰幸は常に危機感を抱く「悩める今ちゃん」だった。

「俺のセンターバックって、どう思います」
「センターバックとして世界と戦うのって不安しかないですよ」

 試合後や練習後に話をすると、いつもそんな話になった。もともとポジティブかネガティブか、たいていどちらかに振れているめちゃくちゃ分かりやすい性格だ。

 ただ、ネガティブに振れると重篤になる。

 悩み出すと、それこそドン底の底まで落ちたように暗い表情で、「ダメっすね、俺」と浜に打ち上げられた魚のような死んだ目をしていた。試合でブラジルなど強豪国にチンチンにされると、「もうどうしたらいいんですかね、この(能力の)差は。何もできないですよ」と半ばやけくそになったように自分にダメ出しをしていた。

 逆に調子がいい時は、「かかってこいよ、ぐらいの気持ちです」と目をらんらんと輝かせ、ニコニコしながらファイティングポーズを取る。ノリノリの今ちゃんはチームメイトにイジられながらも楽しそうで、本田圭佑とは違った意味でチームの中心にいた。

 日本代表のザッケローニ監督(愛称:ザックさん)は、今ちゃんのそういう存在を理解していたに違いない。また、監督に面と向かって何も言えない性格も分かっていたのだろう。涼しい顔で今ちゃんにセンターバックの任を命じた。

 もちろん、それは嫌がらせでもなんでもなく、今ちゃんのプレースタイルがザックさんの望むものだったからだ。本職はボランチで読みが鋭く、危機察知力に長け、対人の強さもある。だが、ザックさんが求めたのは守備力だけではなく、高い攻撃力だった。ヘディングが強く、得点感覚が鋭い。ビルドアップに参加し、リズムを作り、長短織り交ぜたパスでチャンスを作ることができる。センターバックのサイズはないが個人能力を重視したということだ。

 ザックさんは、今ちゃんをはじめとした個々の選手の能力を活かしてアジアではボールを支配し、攻撃的に戦えるとみてチーム作りを始めた。それが実現し、センターバックのふたりを残して、両サイドバックが上がる攻撃的なサッカーを展開して、3次予選は2試合を残して突破。最終予選もオマーン、ヨルダン、オーストラリアと続いた3連戦を2勝1分けで乗り切り、抜群の安定感を相手にもアジアにも見せつけた。ちなみのこの3試合で日本の失点はわずか1点。今ちゃんは、自ら適性を問い続けたセンターバックでしっかりと結果を出していた。
 

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