【セルジオ越後】「学歴社会」や「部活動中心」は正解か?その弊害を理解しなければ…

2019年08月27日 サッカーダイジェスト編集部

登録人数が増えただけで”プレー人口”は増えていない

桐光学園の優勝で幕を閉じたインターハイ。こうした部活動の全国大会にはメリットとデメリットがある。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

 今夏の甲子園は大阪の履正社が制し、インターハイの男子サッカーは神奈川の桐光学園の優勝で幕を閉じた。どちらも夏の暑さに負けないような熱戦の連続だったけど、改めて気になったのは、スタンドの選手たちだ。

 日本の育成組織は、なかなか変えられない部分がある。サッカーに限らず独自性がないんだ。どういうことかと言うと、日本は学校単位のスポーツ文化であるということ。高校サッカーや高校野球のように学校対抗のスポーツが盛んだ。日本サッカー協会は2012年まで文部科学省の管轄だったから、その名残が今でも残っている、というわけだ。

 学歴社会という構造も大きく影響しているだろうね。中学の時はジュニアユースに所属していた選手でも、学歴が必要だから、高校に進学して、そのまま部活動に入る流れが往々にしてある。

 しかし高校側からすれば、勉強をする権利を与えるところであって、部活動で必ず試合に出すという保証はしていない。だから、どんどんサッカーだけではなく様々なスポーツで補欠部員が増えてしまっている現状があるんだ。
 ピラミッドを高くするためには、ベースを大きくする必要がある。僕が日本に来た時、サッカーのピラミッドは小さかった。そもそも競技人口が少なく、ベースが小さかったからだ。それから何十年も経って、今では普及してすごく広がったように見える。

 しかし、実際に試合に出られる選手の牌はそんなに変わっていないんだ。メンバーに選ばれている選手よりも、圧倒的にスタンドで応援している部員のほうが多いよね。つまり"プレー人口"は増えていなくて、登録人数が増えただけなんだ。

 結局それが団体競技をむしばんでいる。今日本でメダルを狙える種目は、テニスやゴルフなんかの個人競技が多い。部員全員がエントリーできるから、実戦経験を詰めるんだ。それに比べてサッカーの強豪校では、高校生活の3年間で一度も公式戦に出場できない部員も存在する。これは由々しき事態だ。

 育成とはレベルを上げること。レベルを上げるというのは、グラウンドレベルの話だけではない。選手だけではなく、環境も良くなっていかなければいけないし、古い体質の組織をどう変えるかが望まれるのではないかな。特に学校に補欠が大量に発生してしまう現状は、なんとかしなければいけない。

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