誰もが妄想を膨らませ、そして大いに失望した7年半ぶりの「ドイツで最も熱いダービー」 【現地コラム】

2018年10月05日 中野吉之伴

人々は期待を抱き、警察は最大限の警戒

輝かしい実績を持つ名門クラブの本拠地に乗り込んだ、“カルト”で“パンク”なクラブのサポーターたち。待ち望んだ一戦に、スタジアムの盛り上がりは凄まじかった。 (C) Getty Images

 快晴のハンブルク。スタジアムへの最寄り駅を降りて歩いていると、ファンはビール片手に、試合までの時間を思い思いに過ごしている。
 
 試合がある日の、お馴染みの風景。だが、この9月30日は、普段以上の高揚感があった。いつも体験できるわけではない、特別な何かがあるはずだという期待に溢れていた。
 
 ハンブルクの2部リーグ降格で実現することとなった「ハンブルク・ダービー」。ダービーとは、同じ街や地域を居にするクラブ同士の試合で、それぞれの意地と誇りと伝統を懸けた非常に重要な試合だ。
 
 この2クラブの対戦歴は、実はそう多くはない。両クラブが違うリーグに属していることが多かったため、ブンデスリーガが始まった1963年以降だと、わずかに16度。しかし、ドイツに数あるダービーのなかでも、このダービーは他に比肩しうるものがないといわれるほどの、熱さと激しさで有名だ。
 
 ビッグスポンサーが名を連ね、スター選手を揃え、優勝歴もチャンピオンズ・リーグ出場経験もあるハンブルクに対し、ザンクトパウリは何があろうと身体を投げ打って全力で戦い、どんな権力や差別に対しても立ち向かう象徴として、カルト的に支持され続けている。労働階級のファンが多い。「パウリ」にとっては、己の存在意義を懸けた魂の一戦なのだ。
 
 一方のハンブルク・ファンだって、気合は十分だ。試合前日の練習には実に3000人以上が訪れ、大声で選手を鼓舞していた。数週間前から5万7000枚のチケットは完売。インターネットのチケットポータルでは、数倍の値段に。市長もスタジアムに訪れ、ビールの値段も普段より上げられた。
 
 関係者は、最悪の状況を恐れていた。両チームのウルトラスの激しい衝突、暴動……。ハンブルク警察は最大限の備えをしようと、あらゆる状況をシミュレートし、キール、ブレーメンといった他地域からも応援を要請し、約1800人の警官隊を動員して万全を期した。
 
 7年半ぶりのダービー。何が起こるか、どんなことになるのか。誰にも分からない。期待と不安が膨らみ続ける。
 
 スタジアムに入ると、空気感が違うのにすぐ気づいた。いつもの試合とは違う。
 
 アナウンサーがアウェーチームの紹介をすると、ホームチームからブーイングが起こる。それは、どのスタジアムでも見られる、いつも通りのもの。だがこの日は、そのボリュームが凄かった。ゴール裏のファン全員が、本当に腹の底から飛ばしてきた叫びだった。
 
 ハンブルクのクリスティアン・ティッツ監督は、この大事な試合で生え抜きの18歳FW、ヤン=フィーテ・アルプをスタメン起用。その心意気をファンは喜び、メンバー発表では、ひときわ大きな声援が飛んだ。
 
 試合が開始すると、最初はちょっとしたファウルでもファンが怒鳴る。声の圧が違うのだ。席に座っていても、ピリピリした空気を感じる。CKを獲得しただけで大歓声!

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