日本代表新監督・西野朗はいかにして、ガンバ大阪を強豪に鍛え上げたのか

2018年04月10日 川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)

「Jリーグ史上最強のオートマチズム」を確立

2005年、ガンバにとっても自身にとっても初のJ1制覇を成し遂げる。西野監督(手前)が涙を見せたのはこの一度きりだ。(C)J.LEAGUE PHOTOS

 日韓共催のワールドカップ開幕を5か月後に控えた2002年1月、ダンディズムの塊のような新指揮官が万博の地を踏んだ。
 
 その第1声を聞き、鳥肌が立ったのをいまでも覚えている。
 
「なぜこのチームが勝てないのか。それを考えた時に、ぬるま湯に浸かっている意識やムードが一番の原因なのかなと思う。根本的に変えていかないと上には立てない」
 
 ガンバ大阪の新監督に就任した、西野朗氏である。よく見ている、核心を突いていると感心した。
 
 正直、バイオリズムがまったく読めない。そこはストライカー出身だけあって独創的で、頑固で、サッカー哲学にも尋常ではないこだわりがある。下手な質問をすれば「なんだよそれ」とそっぽを向かれてしまう。一方でたまに的を得ると、「よく分かってるね」と少しだけ真っ白な歯を見せ、微笑みを投げかけてくれる。そこにちょっとした達成感があるもので、チャンスさえあればポーカーフェイスの指揮官に挑んでいた。選手たちとは一線を引き、いっさい慣れ合わない。メディアに対しても同様だった。

 
 西野イズムの真髄は、圧倒的なボールポゼッションを軸とした破壊的な攻撃にあると思われがちだ。ガンバ黄金期のスタート地点から取材していた筆者にとっては、少し捉え方が異なる。当初はソリッドな守備をベースにしたリアクション型だったし、マグロンという超長身CFをターゲットにしたダイレクト志向の強いスタイルを追求した時期もある。ヨハン・クライフの信望者で、「バルセロナみたいなサッカーが理想」と話してはいたが、手元の駒を最大限に活用するのが西野流チーム作りのベースだ。
 
 ガンバが誇る、キラ星のごときアカデミー出身者との相性も抜群だった。タスクを与えればオリジナリティーを加えてしっかり応える宮本恒靖、橋本英郎、二川孝広、大黒将志らを積極登用し、言わば外様の遠藤保仁と山口智を攻守の軸に指名。そこにシジクレイ、アラウージョ、フェルナンジーニョ、マグノ・アウベス、バレーといった優良助っ人と、松波正信、木場昌雄、實好礼忠らベテランを上手く溶け込ませながら、最適解を模索し続けた。
 
 自身のフィロソフィーにそぐわなければ、どんな主力選手でも試合で使わない。衝突して退団した選手はひとりやふたりではない。だがその非情なアプローチを貫き通したからこそ、「Jリーグ史上最強のオートマチズム」を確立できたのだろう。個と個を天性の感覚で繋ぎ合わせ、化学反応を起こし、洗練された技巧派集団へと変貌させた。
 

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