【小宮良之の日本サッカー兵法書】「急がば回れ」も一理あり! 一筋縄ではいかないクラブ経営

2017年04月12日 小宮良之

胸に企業名を入れないことはバルサの守るべき伝統だったが…

今では見慣れた、胸スポンサーが掲出された紺とエンジのユニホーム。ここまで到達するには、バルサ首脳陣の周到な策略が存在した。そして誰もが得をする結果に。 (C) Getty Images

 フットボールのクラブ経営――。
 
 一口に言うが、それは一筋縄ではいかない。うまくいかないことのほうが多いだろう。
 
 もっとも、戦略(=準備)次第で必ず打開策はある。
 
 例えば、どうやって胸スポンサーをつけるか?
 
 筆者は2001~06年までバルセロナに住んでいたのだが、当時、「バルサにも胸スポンサーを」という報道が何度か出るたび、反発は凄まじかった。
 
「ソシオ(チーム会員)が運営する市民クラブ」
 
 バルサには、そのお題目があった。100年のクラブの歴史で、バルサは胸に企業名を入れたことはない。古くからのファンにとって、それは守るべき伝統だった。
 
 しかし、欧州サッカー界はボスマン判決の影響で、選手争奪戦が激化していた。そこを勝ち抜くには、資金面で補強する必要があった。バルサ以外のビッグクラブは巨大スポンサーを胸に持っていた。これだけで、約40億円もの資金力の差が広がってしまったのだ。
 
「それでも、高潔さを売りに出すべきではない。胸に文字はなし。それが絶対だ!」
 
 時代は変化しつつあったが、反対派の声は根強かった。
 
 そこでクラブ関係者は、ユニセフの名前を入れることにした。ユニセフは世界の児童の命を守る国連機関。これには、反対派も強硬さを貫くことはできなかった。
 
 5年間の契約になったが、クラブはスポンサー料を受け取っていない。むしろ、年間2億円近い寄付を行なっていた。高潔な慈善行為だ。
 
 結局、これが決定的な流れを作った。
 
 古い体質のバルサファンも、ユニホームの胸に名前が躍ることに慣れた。文字がないことに拘っていた人々の態度は一気に軟化。以前のような抵抗感はなくなっていった。
 
 そしてバルサは、2011年からカタール財団と年間40億円近いスポンサー契約を結んでいる。禊(みそぎ)を済ませたように、この時に上がった反対の声は少数だった。
 
 13年からはカタール航空と契約。企業名が入ることに抵抗を感じる人は、ほとんどいなかった。今年からは日本の楽天と4年間の契約にサイン。年間65億円近いスポンサー収入が見込まれるという。

次ページ巧妙なミスディレクションによって論調を変えていったバルサ。

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