一人三役で奮闘する元日本代表・高原直泰の沖縄生活とは?

2017年02月01日 松尾祐希

「残りの人生でチャレンジできることを」

自らも選手としてピッチに立つ高原。練習試合の浦和戦では、1ゴールをマークし、健在をアピールした。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

 2015年12月7日に沖縄SVの代表就任並びに監督兼選手を務めると発表した元日本代表・高原直泰は、以降、沖縄県うるま市に拠点を移し活動を続けてきた。「選手をやりながら、残りの人生でチャレンジできることをしたい」という想いで始めた新たな挑戦だったが、県3部リーグで迎えた初年度は苦難の連続だった。
 
 特に高原を悩ませたのは選手のレベルだ。東京Vなどで活躍したDF森勇介、MF飯尾一慶、MF西紀寛(2016年限りで引退)というかつてのチームメイトや同郷の元富山DFの池端陽介、盛岡を退団した若手MFの松本圭介がクラブに加わったが、それ以外はセレクションなどで声を掛けたアマチュア選手だ。当然選手間のレベルの差は大きく、昨季の始動日に練習参加したのも10名前後しかいなかった。
 
 その状況にコーチを兼任する森も、「本当にこれでサッカーチームができるのかなと思った。(本当の意味で)サッカーをしたことがあるのかなというメンバーばかりで、すごく不安だった」と、レベルの低さに驚きを隠せなかったと明かす。そのため、リーグ戦では高原がボランチに入ることも少なくなかった。
 
 しかし、弱音を吐いてはいられない。高原はチームの屋台骨を作り上げるべく、積極的に三足のわらじに挑んだ。午前中は選手兼任監督としてチームを指導。「J経験者の選手たちはプレーヤーとしての存在だけでなく、(他の)選手の見本になる。そこが自分ひとりだけでは大変だったが、経験のある彼らがいたことですごく助かった」と本人が言うように、元Jリーガーたちのサポートも受けながら、若手にサッカーのイロハを叩き込んでいった。
 
 そして、午後はクラブの代表として様々な人と面会。チームを運営するためのスポンサーや協力者集めに奔走した。その一方でアマチュア選手の生活環境を整える作業にも着手。他で生計を立てる若手の生活拠点として寮を整備し、サッカーに打ち込める場所を提供した。 練習場も自前のグラウンドこそ持ち合わせていないが、定期的に使える所を確保。高原は1年間をかけて県3部リーグとは思えない環境を整えた。
 
 その点に関して選手たちは感謝の気持ちを口にする。山梨学院高出身で選手権出場の経験を持ち、現在は居酒屋のアルバイトで生計を立てながらクラブに所属するFW木下伶耶は、「県リーグ3部なのに、高原さんのお陰で僕たちは得をしている。すごく助かっているからこそ、上に行くしかない」と語り、高原の行動力がクラブの早期発展に繋がっていると明かした。
 

次ページチーム力アップを図るうえで、沖縄特有の難しさも。

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