湘南前社長の大倉智が立ち上げた新クラブ。「いわきFC」が提唱するサッカーの本当の価値とは?

2016年07月21日 手嶋真彦

勝負をつけるのは手段。感動の本質は別にある。

いわきFCが戦うのは福島県2部リーグ。近未来の昇格も大倉にとっては結果にすぎない。©WATANABE FUMIKAZU/IWAKI FC

 大倉智が容認しがたい違和感に襲われたのは、J1リーグのある試合が終わった直後だった。

 TVの映像は、僅差の勝利を収めた側の監督の様子を捉えていた。大倉は目を疑った。監督があからさまに脱力していたからだ。極度の緊張から解放されて、あるいは目に見えない重荷を下ろし、人目をはばからず安堵のため息をついていたのだ。
 
 監督がここまで追い詰められるのは、やはり正常ではない。それが大倉の率直な見解だった。現在進行中の2016年シーズンのこの出来事は、とうてい受け入れがたかった。大倉は言う。
 
「最後は攻められていたから、なんとか逃げ切ったわけですよ。だとしても、ハァーってなっちゃったあの姿には、すごい違和感があって」
 
 何が監督をそこまで追い詰めていたのだろうか。おそらくは「絶対に負けられない」という強迫観念だ。
 
「周りがあんな精神状態にさせちゃっている。降格が許されないリーグになっていますから。脱力したあの姿が、すべてを物語っていましたよ」
 
「負けられない」と「勝ちたい」では、意味合いがずいぶん異なる。大倉はこう問い掛ける。そもそも、なんのためのプロサッカーなのかと。
 
「大切なのは、何を目的としているか、についての自覚です。勝利がすべて? それじゃあビジョンがなさすぎますよ」
 
 勝利至上主義ともまた違う「負けられない」という強迫観念から、監督を解き放つには何が必要なのだろうか?
 
「経営者の評価軸です。プロスポーツにはどんな力があって、試合で何を提供していくか。評価軸がないままだと、現場の指導者が育ちません」
 
 大倉もまた経営者のひとりだ。「いわきFC」の代表取締役を務める大倉の評価軸は、どのようなものなのか。大倉の認識ではプロスポーツは興行だ。お客様から入場料をいただいて、楽しませるエンターテインメントであって、「絶対に負けられない」と誰かが重荷を背負いこむような苦行であるはずがない。
 
「プロが試合をする究極の目的は、勝利じゃないですよ。お客様に感動してもらいたい。勝負をつけるのは、感動してもらうための手段なんです」

次ページいつの日かJ1に昇格したとしても、ただの結果にすぎない。

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