【フランス代表】喧々諤々を巻き起こした「ベンゼマ騒動」。苦渋の決断を下したデシャン監督の覚悟とは?

2016年04月15日 結城麻里

すべての元凶はベンゼマ自身の軽率さにある。

ヴァルビュエナ(右)に対する恐喝疑惑でフランス代表を追われたベンゼマ(左)。EURO2016不参加が4月13日に決定した。(C)REUTERS/AFLO

「強烈な選択」
 
 フランス最大のスポーツ紙『レキップ』は、4月14日の一面にこんな大見出しを打った。その前日に、FFF(フランス・サッカー連盟)がカリム・ベンゼマ(レアル・マドリー)のEURO2016欠場を正式発表したからだ。大見出しの下には、こんな文章が添えられていた。
 
「ノエル・ル・グラエット会長に支えられ、レ・ブルーのディディエ・デシャン監督は自分で責任を引き受けた。やっと」
 
 この「やっと」に、複雑な裏側が透けて見える。ベンゼマ問題はこの半年ほど、どうしようもなくこんがらがった"毛糸玉"になってしまっていたからだ。解そうとればするほどもつれ、ますますレ・ブルー(フランス代表の愛称)の足に絡みついてくる危険な毛糸玉。FFFとデシャン監督は、それをついに切り捨てる決断を下したのである。
 
 もちろん、すべての元凶はベンゼマ自身の軽率さにある。そう、昨秋に明るみになった"セックステープ事件"だ。クレールフォンテーヌ(パリ郊外にあるフランス代表のトレーニングセンター)での合宿中に、代表の同僚マテュー・ヴァルビュエナ(リヨン)に対して恐喝仲介と疑われても仕方がない発言をし、しかも首謀者容疑の親友との会話でもヴァルビュエナをさんざん嘲笑。司法上は推定無罪でも、ナイスナ事件(南アフリカ・ワールドカップ大会中の練習ボイコット)後にFFFが作成した模範的行動義務を定めた憲章には、明らかに反していた。
 
 ところが、事件発覚後にFFFのル・グラエット会長が拙速な言動に走ってしまう。「ベンゼマが大好き」、「いい若者」と庇って、被害者であるヴァルビュエナへの配慮を怠ってしまったのだ。この不正義と曖昧さが、パリにおける同時テロ事件に乗じて勢いづいた極右ナショナリストやムスリム差別者に、首を突っ込む隙を与えてしまった感は否めない。
 
 もともと大多数のフランス人は、人種など無関係に単に正義を求めていた。しかし、ナショナリストたちは、テロ事件犠牲者の追悼のため流された国歌斉唱のあとにベンゼマがたまたま唾を吐くや、「フランスに唾を吐いた!」と大騒ぎ。こうして社会と政治が絡んだ複雑な毛糸玉が形成され、「貧しい郊外出身の成金ムスリム(ベンゼマ)が、裕福なボルドー周辺出身の白人(ヴァルビュエナ)を苛めている」という架空の構図が作れていった。
 
 結果、追い詰められたル・グラエット会長は昨年12月10日、"専断"によってベンゼマに無期限代表活動停止処分を下す。いわば時間稼ぎに出たのだ。
 
 その後、ベンゼマは同胞ジネディーヌ・ジダンが新監督に就任したことあってレアル・マドリーで大活躍し、一方のヴァルビュエナは事件のショックから塞ぎ込んでしまいリヨンで低迷。デシャン監督は、「決定権は会長にある」と慎重に言葉を選びつつも、「世論には左右されない」、「スポーツ面が第一基準」とベンゼマのEURO招集に含みをもたせてきた。

次ページル・グラエット会長の時間稼ぎのは完全に徒労に終わった。

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