【連載】小宮良之の『日本サッカー兵法書』 其の四十八「昇格争いの緊張感」

2015年12月10日 小宮良之

「昇格を懸けて戦っているチームは失敗できないから、暗い感情に捉われがち」(バレロン)

多くの栄光を勝ち獲ってきたバレロン。大ベテランの彼も、昇格争いにおける独特な心理的プレッシャーを指摘する。(C)Getty Images

 J1昇格争いは、思った以上に悲喜こもごものドラマを生み出した。這い上がろうとする選手、サポーターの情念がそこに宿るからだろう。ただ、そうしたエネルギーは時に、後ろ向きに作用もする。
 
<もし昇格できなかったら>
 
 そんな不安は気持ちを縛り、締め付ける。それだけに、心の持ちようが大事になるのだ。
 
「結局、フットボールはメンタルが物を言うのさ」
 
 そう語ったのは、リーガ・エスパニョーラのラス・パルマスで40歳にして現役を続けるファン・カルロス・バレロンである。「スペインのジダン」の異名を取ったファンタジスタは、デポルティボ・ラ・コルーニャでリーガ優勝やスペイン国王杯を手にし、ACミランを大逆転で破るなど数々のジャイアントキリングの主役となっている。
 
 そのバレロンが故郷のラス・パルマスに戻って、2年続けて昇格プレーオフを戦い、昨季にようやくチームを昇格させた。
 
「優勝争いをするチームも、降格を回避しようとするチームも、"いかに心理的消耗を抑えて戦い切れるか"になる。でも、前者と後者では、心の擦り切れ方が違う。緊張の種類というのかな」
 
 バレロンは明快に心理状態を説明する。
 
「昇格を懸けて戦っているチームの疲れは独特だね。栄光を掴もうとしているチームとは違い、負けられない立場に追い込まれた状態なんだ。失敗できないから暗い感情に囚われがちで、いつのまにか不安に駆られてしまうのさ。プレーヤーは臆してしまったら、どんなプレーも上手くいかなる。不安はプレー精度を低くし、いつものプレーができなくなってしまうんだ。そこで心を落ち着かせるには、やっぱり経験が必要になるんだけどね」
 
 J2の首位を独走していた大宮はあと一歩で昇格、優勝というところで足踏みした。まるで深みにはまっていくように、勝点を稼げなくなった。安心したわけでも、驕ったわけでもないだろうが、精神的バランスが崩れかけた。それでも41節、本拠地での大分戦、21位のチームを相手に2失点した時、彼らの心は解放される。
 
<攻めるしかない>
 
 気持ちがひとつの方向に向き、中庸を捨てたことで、3-2での逆転に成功している。その立役者になったのは、経験豊かなムルジャと家長昭博だった。正念場で堂々と勇敢にプレーするパーソナリティを見せ、息詰まるような心理戦を制した。

次ページ昇格戦という舞台は、ポーカーゲームのような心理的掛け合いの色を伴う。

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