【指揮官コラム】チェンマイFC監督 三浦泰年の『情熱地泰』|タイの市場で僕が思うこと

2015年06月23日 サッカーダイジェスト編集部

市場から伝わってくるパワーに突き動かされ「自分も頑張らなくては…」。

再開初戦は黒星発進となったチェンマイFCだが、内容は前向きなものだったと三浦監督。次戦以降の巻き返しなるか。(C) SOCCER DIGEST

 タイD1リーグは、代表戦による長いインターバルを終えて、6月21日に再開。14節が行なわれた。チェンマイFCは、アウェーでのTTM戦に臨んだが、0-2で敗れ、再開初戦を飾ることができなかった。
 
 結果については、リーグの公式ホームページやクラブのフェイスブックなどで知っている方も多いことだろう。0-2で負けたという文字(結果)は、世界じゅう何処で誰が見ても同じ。インターネットで探せば情報がすぐに手に入る時代。だからこそ、我々は「勝利」を追求しなければいけないと感じている。遠くで誰が見ても同じ結果なのだから。
 
 勝利の追求こそが「プロ」の宿命であり責任なのかもしれないが、監督としてひとつ言えるのは、もし負け方に「美学」があるとしたら、今回の敗戦は決して悪い負け方ではなかったということ。アウェーで5度目の敗戦となってしまったが、初めて追求するものが見えた敗戦だった。
 
 さて、話は変わるが、僕がタイに足を踏み入れてから、はや半年が経とうとしている。これまでいろんな文化の違い、習慣の違い、考え方の違いを感じてきたが、一番印象に残っているのが、タイ人が持っている「生きる力」や「生きる勇気」である。これは日本ではなかなか得られない感覚だ。
 
「どういうことか?」と思う人がいるもしれないが、実際に、僕は何度もそう感じるような場面を見てきた。
 
 その半面、野心や向上心のなさを感じることも多々ある。ただ、「生きる力=向上心」と考えがちだが、決してそうではないだろう。またそこがタイの良さでもあり、物足りなく感じる部分でもあるのだ。
 
 タイの習慣、風習の中に食べ散らかす、食べたモノはそのまま、片付けをしない。ゴミを拾わない――などがある。「それはなぜか?」と聞くと、「誰かの仕事を奪うことになるから」と言う。「どういうことだ?」と聞けば、「それを片付ける人がいるから」。
 
 だから、タイでは学歴で階級が決まり、仕事も違うのである。そしてそこから野心、向上心で成り上がるという図式は存在しない……、という。なかなか信じたくない話だし、例外もあると信じたいが、半年間住んでみると、そういう現実があることは確かなのだ。
 
 しかしそこに納得できる部分も見える。野心、向上心はなくとも、現地の人々からは仕事への真面目さ、謙虚さ、仕事ができることの喜びを感じとれるからだ。
 
 例えば毎週金曜日の朝市や、土曜夜のサタデーマーケット、日曜のサンデーマーケットでは、路上に出店がズラっと並び、店の人たちが嬉しそうに商品を売る。そこでは障害を持った人が恥じらうことなく歌を唄う。子供が民族ダンスみたいな踊りを披露する。かたわらにはお金を入れる空き缶を置いて。
 
 自分で進んでやっているのかもしれないし、誰かに言われてやっているのかもしれない。背景に何があるかは日本から来た僕には分からない。が、いつもそこで思うのは彼らから伝わってくるもの凄いパワーだ。僕は、それに突き動かされ「自分も頑張らなくては」と思うのだ。

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