“マドリー愛”を貫いたヴィニシウスがついに覚醒「ベンゼマの要求に悩んだ時期も…」【現地発】

2021年04月11日 エル・パイス紙

パリSGやアーセナルからの打診には見向きもせず

リバプール戦でゴールを決め、マドリーのエンブレムを指さすヴィニシウス。(C)Getty Images

 その夜、ヴィニシウス・ジュニオールは2点目を決めると、ユニホームのエスクードを指さした後、空を見上げてこう連呼した。「僕はここにいる。僕はここにいる」

 2018年夏に加入して以来、最も輝いたそのリバプール戦(チャンピオンズ・リーグ準々決勝ファーストレグ、マドリーが3―1で勝利)で、ヴィニシウスは改めて"レアル・マドリー愛"をアピールした。

 これまでパリSGやアーセナルといったクラブから獲得の打診を受けた。しかしヴィニシウスはそうしたラブコールに見向きもせずに練習を打ち込み続けてきた。「僕はいっぱい練習している。子供のころからマドリーでプレーするのが夢だった。だからエスクードにキスもする」。試合後、UEFA選出によるその一戦のMOMに選出された男はこう語った。

 代理人のフレッド・ペナがヴィニシウスのマドリー愛を示すエピソードを明らかにする。「入団1年目にマドリードで家を購入した。これは普通のことではない。でも彼からすれば、一生暮らすのだからごく自然な決断だった」

 ヴィニシウスはその家で家族、友人、スタッフと一緒に暮らしている。その中の一人がトレーナーのチアゴ・ロボで、リバプール戦後も、日課となっているマッサージを行うためトレーニングルームで帰宅を待っていた。

 ロボがマドリードに移り住んだのは、2019年。ヴィニシウスがアヤックス戦(CLラウンド・オブ16セカンドレグ)で足首を負傷した後だった。ペナは、1年目はカスティージャでスタートすると当初考えていて、「Bチームの選手なのに(パーソナルトレーナーを雇うなんて)偉そうに」というやっかみの声が出ることを避けるための配慮であったが、後悔先に立たずとなってしまった。

 自らも出席したハーバードで行なわれたあるカンファレンスでの、キャリアで最も後悔した出来事として怪我をしたときの対処法に精通するスタッフを自前で抱えていなかったことを挙げたカカの言葉が、ペナの胸に深く刻まれていた。

【動画】ヴィニシウスがリバプールから奪った鮮烈2ゴール
 またアヤックス戦の第1レグの後に同じくハーバードのカンファレンスで知り合ったエドウィン・ファン・デルサルとヴィニシウスについて話しをする機会があった。現在はアヤックスの幹部を務めるレジェンドからペナは「マドリーは頼りすぎている。危険な兆候だ。彼はまだまだ若い」と警告を受けたそうだ。

 そしてその懸念は怪我という形になって表われた。会談後、カーニバルのためにブラジルに帰国していたペナはテレビの画面越しにヴィニシウスが怪我をする瞬間を目撃した。その直後に胃に不快な感じがして吐き気を催したそうだ。

 この怪我は、ヴィニシウスの状況を一変させた。チームはCLも含めてすべてのコンペティションで優勝の可能性が消滅し、信頼を得ていたサンティアゴ・ソラーリ監督は解任。代わって就任したジネディーヌ・ジダンはまだヴィニシウスの成長具合を把握しかねていた。怪我をする前は、その年の夏に開催されるコパ・アメリカでプレーする自らの姿をイメージしていたが、その夢も諦めなければならなかった。

 ジダンだけではない。ピッチ上ではカリム・ベンゼマの要求にどう応えればいいか悩むようになり、ドリブルを躊躇する場面が増加。ゴール前までたどり着いても、決定力不足を露呈し続けた。

 しかしそんな中でも、ヴィニシウスが決してブレなかったことがあった。それがマドリーへの愛情だ。また周囲の人間によれば、どんなに苦境に立たされても、落ち込むそぶりを見せず、笑顔も失わなかったという。
 

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