【川崎】登里享平が引き継ぐ“バンディエラの意志”。クラブの伝統の担い手に

2021年04月08日 本田健介(サッカーダイジェスト)

昨年末の負傷から復帰

怪我から復帰した登里。中心としてチームを牽引したい。(C)SOCCER DIGEST

[J1第8節]川崎1-0鳥栖/4月7日/等々力

 J1の8節、途中出場のFW遠野大弥が値千金の決勝弾を挙げ、川崎が真っ向勝負を挑んできた鳥栖に1-0で勝利。記念すべきJ1通算300勝目をあげた。

 クラブとしてまたひとつ歴史を刻んだわけだが、今季に新たな想いで臨んでいるのが、中村憲剛が昨季限りで現役を引退し、所属年数がチーム内トップの13年目となった登里享平である。

 前節の大分戦で実戦復帰し(昨年末に左鎖骨を骨折)、スタメンで今季初出場を果たした登里享平は、続く鳥栖戦でも左SBとして後半アディショナルタイムまでプレー。試合勘も含めてコンディションは日々、向上している印象だ。

 3か月以上の離脱。焦りはあったという。それでもチームメイトの山根視来や田中碧に「栄養管理師みたいになってもらった」と身体作りに励み、開幕から無敗をキープするチームに、復帰後はプラスアルファをもたらそうと励んできた。

 昨季は初のリーグベストイレブンに選出されるなど、自己最高のシーズンを過ごした言えるだろう。目指し続けたゴールこそ最後まで奪えなかったが、コロナ禍で声を出しての応援ができないなか、背番号2の的確な指示、チームメイトをフォローする言葉は、スタジアムでの新たな"名物"となり、彼の貢献度の高さは改めて証明された。

 プレーも"いぶし銀"だった。4-3-3を導入したチームにおいて、左SBとしてタッチライン際を上下するだけでなく、インナーラップを巧みに使い分け、チームメイトをサポート。左サイドで組むことの多かった、ウイングの三笘薫のブレイクを後押ししたのも彼だったと言えよう。大先輩の中村憲剛から「上手くなったなぁ」としみじみ声をかけられたというエピソードが物語るように、サッカーIQの高い、"名バイプレーヤー"と称せるのである。
 
 登里は2009年に香川西高校から川崎に入団し、一筋13年。今季、30歳にして初の副キャプテンに就任した(キャプテンは谷口彰悟、副キャプテンは3人でレアンドロ・ダミアン、脇坂泰斗も担う)。明るい性格で、周囲を常に気遣う男は、これまでムードメーカー、そしてサポーターと選手の懸け橋として貴重な働きをこなしてきたが、新たな役割を担い、さらなる中心選手として期待を集めるのだ。

 以前に鬼木達監督にこのタイミングでの副キャプテン指名の理由を訊ねると、こう語っていた。

「彼はこのクラブの良い時も悪い時も知っています。それにゲームのなかで喋れますし、いろんなことを伝えられるようになっています。年齢的にいったら役割を与えなくてもやってくれるに違いありません。ただより言葉の力が増すという表現が相応しいか分かりませんが、そうなってもらいたい。どんどん発信してもらい、ムードメーカーとしてもチームを活気づけてほしいです。昨年は最後に怪我をしてしまいましたが、ほぼフルシーズンを戦えたことも自信にもなったはずです。そういうプレー面も含めて任せました」

 登里も自身の役割を理解している。

「こういったキャラクターなので、今までどおり変わらんかなという意見もあるなかで、鬼さんは、在籍年数が増え、一番長い選手やし、これからも引っ張ってほしいと。そしてピッチにい続けることが大事とも話してもらいました。序盤は怪我をして出られない状況でしたが、連戦でも戦えるようにやっていきたいです」

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