「ハンド・オブ・ゴッドは事件だが――」BBCチーフ記者が語るマラドーナの“神の手”に対する真の英国評【現地発】

2020年12月02日 フィル・マクナルティ

シルトンはマラドーナを批判したが…

今も語り継がれている「神の手」。世紀の誤審とも揶揄されたゴールは多くの物議を醸したが、マラドーナの死に対する英国人の反応はいかなるものなのか。 (C) Albert LINGRIA

 ディエゴ・アルマンド・マラドーナは、これまでそうだったように、これからも永遠に「最高のフットボーラーだった」と語り継がれていくだろう。

 マラドーナは強烈な個性の持ち主で、あらゆるトラブルやスキャンダルといつも隣合わせだった。しかし、サッカー界全般、特に祖国アルゼンチンや、イタリアのナポリでは、特別なステータスを保ち続け、「神」と同様に崇められてきた。

 母国を世界王者に導き、ナポリではミランやインテル、そしてユベントスといった既存の名門をなぎ倒す原動力となり、当時、低飛行を続けていたクラブをセリエAの頂点へと引き上げたのである。多くの人々に大きな幸せと喜びを与えたのは間違いないだろう。

 ここイングランドでのマラドーナは、1986年にメキシコのアステカ・スタジアムで行なわれたワールドカップ準々決勝での「神の手の男」として名高い。

 あの試合の1点目。マラドーナはイングランド代表の守護神ピーター・シルトンがパンチングをする寸前に、左手でボールをゴールへ押し込んだ。ハンドで得点を奪ったのだ。かたや、2点目は、世界中のサッカーファンの多くがいまだに「ワールドカップのベスト」と認めるスーパーゴールだった。
 
「神の手の事件」からわずか4分後だ。ハーフウェーライン付近でボールを持ったマラドーナは、ピーター・リードとピーター・ベアズリーをピッチ中央で抜き去ると、追いかけるリードを尻目に一気に加速して前進。目の前から向かってくるテリー・ブッチャーとテリー・フェンウィック、さらにGKシルトンをもかわしてネットを揺らしたのである。誰もが目を奪われた素晴らしい瞬間だった。

 彼の死後、シルトンは某紙のコラムで、「神の手はスポーツマンシップを欠いた行為だった」とマラドーナを批判した。結果、イングランド代表キャップ数最多保持者は注目を集めると同時に、非難も浴びている。

"ハンド・オブ・ゴッド"は、この国では今も騒動となるほどインパクトが残っている事件だ。だからこそ、見出しに引用している新聞社も多かった。

 だが、実際の記事を読んでみると、そのほとんどがマラドーナを敬うものばかりだった。元イングランド代表のストライカーで、かのアルゼンチン戦でゴールを決め、マラドーナとの親交があったガリー・リネカーが、『BT SPORT』で語っていたとおり、「安らかに眠ってほしい」という内容が目立っていた。

 無論、この国でマラドーナを語る際に「神の手」は避けられない言葉である。しかしながら、それもまた、彼の伝説の一つと考えるべきではないだろうか。さらに言えば、故人もまた、ヒールとしての役割を受け止め、楽しんでいたのではないだろうかと思う。
 

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