清廉潔白なイニエスタに意外な過去。暗く深い海の底に引きずり込まれ…

2020年05月11日 吉田治良

イニエスタの存在が際立つ理由

多くの人から尊敬を集める清廉潔白なイニエスタも、これまでずっと穏やかな航海を続けてきたわけではない。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

 アンドレス・イニエスタについて悪く言う人を探すのは、干し草の山から縫い針を見つけ出すくらいに難しい。

 ボールを、そして時間と空間を意のままに操る魔術師は、ピッチを離れれば良き夫であり、良き父であり、誠実さと良心のかたまりのような、非の打ちどころのない人物だ。

 誰もが、謙虚でスター然としたところがないその人間性に惚れ込む。

「アンドレスは特別な存在。選手としても人としても」(リオネル・メッシ)

「選手だけでなくファンも、彼から人に対してどう接するかを学ぶんだ」(セルヒオ・ラモス)

「彼に負けても怒る気がしない。なぜかって? 彼の勝ち方には品があるからだ」(ジャンルイジ・ブッフォン)
 
 『Rakuten TV』で先ごろ無料配信されたイニエスタの公式ドキュメンタリー『アンドレス・イニエスタ─誕生の秘密─』には、バルサ時代のチームメイトはもちろん、かつてしのぎを削ったライバルたちからのリスペクトコメントがぎっしりと詰まっている。

 なかでも印象的だったのは、イニエスタを語るネイマールの穏やかな表情だ。映像の中で彼は、微笑みをたたえながらこう予言する。

「(この先)第2のイニエスタは出てこないだろう」

 たぶん、そうだと思う。ホームだけでなく、アウェーのスタジアムでも、交代の際にあれほど盛大な拍手を浴びるプレーヤーなど滅多にいるものではない。あの柔らかなボールタッチに、どれだけきりきり舞いさせられても、いや、きりきり舞いにされればされるほど、拍手を送りたくなる稀有な敵なのだ。

 天才と人格者が、おしなべてイコールで結ばれないこの世界で、だからイニエスタの存在はここまで際立つのだろう。

 ただし、多くの人から尊敬を集める清廉潔白な名手も、これまでずっと穏やかな航海を続けてきたわけではない。それどころか激しい嵐に見舞われ、暗く深い海の底に引きずり込まれた時期もあった。
 

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