【ジーコが語るJリーグ|中編】「正直、歯止めをかけられない」。若手海外移籍への懸念

2020年04月30日 志水麗鑑(サッカーダイジェスト)

「Jリーグの発展が代表にも還元され、日本サッカー全体の評価を高めることはできた」

インタビューに応えてくれたジーコ。現在のJリーグについての評価と、若手の海外移籍に対する懸念を語ってもらった。写真:徳原隆元

 日本サッカーの底上げに尽力したジーコが語るJリーグ。前編ではJリーグ開幕当初にサッカー人気が上がった要因を振り返ってもらった。本インタビューの中編では、Jリーグの成長に対して現在の評価と、発展したことによる懸念を語ってもらった。

※本稿はサッカーダイジェスト本誌19年9月26日号から転載。一部、加筆・修正。インタビューは19年9月5日に実施。

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 Jリーグの過去から現在までを振り返り、ジーコは「全般的に大きな成長を感じます」と言う。クラブレベルの進化は、数字、結果として表れているからである。

「最初、チーム数は10チームしかありませんでしたが、今は50チーム以上とだいぶ増えて、カテゴリーはJ1、J2、J3まであります。なおかつ、その3部門はダ・ゾーンでも放送されるおかげで、スポンサーの名前もしっかりと露出されていて、スポンサーは投資に見合うものがある状況。いくつかの街を除いて、今ではほとんどの大都市にサッカークラブがある。そうして日本サッカーが発展・普及したのは非常に喜ばしいことです。

 そのなかで、例えばガンバ、浦和、鹿島などは、アジア・チャンピオンズリーグで優勝し、クラブワールドカップにも出場した。他に柏や広島は開催国としての出場だったけれども、クラブワールドカップに出たことは事実。そうして世界大会に出るクラブも出てきたことも、日本サッカーが発展したとして評価していいんじゃないかなと。

 ひいてはJリーグが発展したおかげで、A代表、世代別代表にもJクラブから良い選手を送り出しています。彼らが活躍してワールドカップに出場し、今度は本大会で決勝トーナメントにも出場できるようになった。そうしてJリーグの発展が代表にも還元され、日本サッカー全体の評価を高めることはできたと思います」

 クラブワールドカップで日本勢は、2007年の浦和、08年のG大阪、15年の広島が3位。鹿島に限って言えば、16年にクラブワールドカップで準優勝、18年にはアジア・チャンピオンズリーグで優勝を果たした。ワールドカップで日本代表は、02年、10年、18年大会でベスト16まで勝ち進んだ。アジア、さらに世界の舞台で戦えるようになったのは、選手のレベルが上がったからであって、その選手レベルが上がったのは、「移籍事情を振り返ればよく分かる」とジーコは説明する。

「日本の選手に力があると認知されたのは、ワールドカップの成果も影響していると思います。最近のマーケットの動向を見ればよく分かりますよね。昔は日本人が海外に移籍するのはスポンサーや集客目当てのマーケティング要素が強かったところもありましたが、今では戦力として獲得したい意向が海外クラブにはある。今では、安くて機能性の高い原石という見方で、いろんな国が日本人を欲しがっている状況。しかも、海外移籍した選手たちのなかで、各所属クラブで活躍できる選手が増えたのも喜ばしいことです。
 
 例えばビッグクラブでは、まだ磨かれていないダイヤを早くに獲得する方針を進めている。若い時から有望な選手の能力を見抜いて、そこをちゃんと磨いて、なんらかの形で将来につながればとして、先行投資をしています。日本ではレアル(・マドリー)の久保(建英/現マジョルカ)やバルセロナの安部(裕葵)がターゲットになりましたね」

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