「俺は戦ってきてない…」全く輝けなかった“浦和の太陽”柏木陽介。ACL決勝後に去来した想いとは?

2019年11月25日 羽澄凜太郎(サッカーダイジェストWeb)

試練の連続だった1年に抱いた悔しさ

63分からピッチに送り出された柏木だったが、試合の流れを変えることができないまま、タイムアップの瞬間を迎えた。 写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

「個人的にも、正直、出られなかった悔しさもある」

 2009年にサンフレッチェ広島から加入して10年。常にタイトルを求められてきた浦和レッズの司令塔として、酸いも甘いも噛み分け、人一倍の責任感を背負ってきた男だからこそ、柏木陽介は自身への悔しさを隠せなかった。

 11月24日に埼玉スタジアムでアル・ヒラル(サウジアラビア)とアジア・チャンピオンズリーグの第2レグを戦った浦和。この日、ベンチスタートだった柏木に出番が巡ってきたのは、63分だった。

 控えメンバーの中でも、停滞していた攻撃にアクセントを付けられる数少ない存在だったナンバー10は、「ボールに触れて、一発狙えればいいな」とセットプレーも含めて、相手の隙を探ったが、打開策を見いだせず。その間にチームは74分と後半アディショナルタイム3分に失点を重ね、アジア制覇の夢も儚く散った。

 最後まで輝けなかった柏木。思えば、今シーズンは試練の連続だった。5月に右膝関節軟骨損傷で離脱を余儀なくされ、手術を経て7月に戦列復帰を果たしたが、コンディション調整にも苦しみ、満足に出場機会を得られない時を過ごした。間違いなくそこに"浦和の太陽"とサポーターたちに崇められた10番は存在していなかった。

 もどかしいシーズンを過ごしたなかで、追い打ちをかけるような今回の決勝での完敗。試合後、柏木は、「途中から出てなんとかしたいなかで、自分が入ってから失点してしまったもどかしさもある」と、その胸に去来する想いを打ち明けた。

「色々と今年1年は自分にとって、すごく苦しい1年で、ここでなんとかという気持ちはあったんやけど、それもできることなく終わってしまったし、チームになにも還元することなく終わっていったから、もっと人としても強くなりたいし、サッカー選手としてもうまくなりたい気持ちが強い」

 柏木は、さらに現在のチーム状況も踏まえつつ、こう続けた。

「元々個人でなんとかするタイプの選手ではないと把握していて、ここまでサッカー人生をやってきた。周りが良くて自分が良くなるし、自分がいいと周りも良くなる。それはすごく感じているから……。それを感じられるサッカーを、また浦和としてやっていけたらなと、個人的には思ってる。

 別に今日の試合がどうこうというよりは、俺は戦ってきてないというか。気持ち的には戦ってきたつもりやけど、ピッチに立って、試合をしてこなかったから。だから、試合に出ていた選手とは違う悔しさがある」

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