台風から3日後…水戸のレジェンド・本間幸司が見た被災の現実と、強くしたJ1昇格への想い

2019年10月18日 佐藤拓也

地域のために生きる――。きっかけは2011年の大震災があった

水戸に加入して21年目のレジェンドGK本間。写真:滝川敏之

 各地に大きな被害をもたらした台風19号。その影響で茨城県でも、那珂川や久慈川の氾濫が発生した。水戸市もそのひとつであった。特に常磐道水戸北インターチェンジ周辺の那珂川沿いの地域は甚大な水害を受けた。

 台風から3日後、水戸ホーリーホックに加入して21年目、『水戸のレジェンド』と呼ばれるGK本間幸司は、オフを利用して水戸市の被災地でボランティアに参加した。「東日本大震災時に学んだことがある。なので、すぐに行動しようと思った」と語る本間は自ら自治体に連絡して、復旧作業を手伝いに現地に足を運んだ。そして、目の当たりにした「予想を超えた大変な状況」に愕然したという。

「多くの家屋が泥まみれになっていて、泥をかきだすだけでなく、ただでさえ重い家具が水分を吸ってさらに重くなっていて運び出すのが大変なんですよ」と作業の大変さを振り返り、「しかも、被災した地域は高齢者が多く、人手が必要な状況でした。僕が行った日はボランティアが少なかったので、行ける人は手伝いに行ってほしい」とさらなる支援を呼びかけた。

 今回、本間はクラブとは関係なく、「近所で暮らすひとりとしてお手伝いに参加した」と強調する。「近所に困っている人がいれば助けに行くのは当然のこと」とあくまで一個人としてボランティアに参加したのだった。
 
 地域のために生きる――。本間がそれを自らの使命として受け止めたのは2011年の東日本大震災がきっかけだったという。震災直後に、クラブスタッフは被害の大きい地域に水や食料などを届けて回り、さらに本間をはじめ選手たちは支援物資の仕分けや避難所の子供たちと一緒にサッカーをするなどボランティア活動を行なった。その時はとにかく「被災した地域を助けたい」という一心で動いたつもりだった。

 しかし震災以降、クラブは地域からそれまで以上の支援を受けられるようになり、観客動員数もスポンサーも増えていき、当時資金難により迎えていたクラブ存続の危機を乗り越えることができたのだ。
 
「現在上位にいられるのも、今まで地域に支えられて苦しい時期を乗り越えることができたから。クラブ25年の積み重ねにより、今があるんです」
 
 その感謝の気持ちがあるからこそ、まずは個人的に動いたのだった。「クラブとしてはこれからいろいろ手助けしていくと思う」と本間が語るように、10月17日に全選手で行った水戸駅での募金活動を皮切りに、今後ホームゲームでの募金活動など、様々な形で支援していく予定だという。
 

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