鹿島FW上田綺世の高校時代。恩師が「他のチームなら終わっていたかもしれない」と危惧した理由は?

2019年09月09日 松尾祐希

鹿島デビューから5戦3発! その研ぎ澄まされた得点感覚が芽を出したのは?

鹿島下部組織から鹿島学園高、法政大を経て、鹿島入りした上田。プロ入り後から才能の片鱗を見せて付けている。(C) SOCCER DIGEST

 Jデビュー戦から5試合で3ゴール。鹿島で期待通りの活躍を見せているU-22日本代表の上田綺世が、同代表の北中米遠征に臨んでいる。
 
 今年7月、上田は法政大卒業を待たずに常勝軍団の門を叩いた。加入前から大きな期待を懸けられており、6月には日本代表の一員としてコパ・アメリカにも参戦。同大会では無得点に終わったものの、駆け引き、動き出し、クロスへの反応は南米の強敵に対しても引けを取らず、ゴールの予感も漂わせていた。

 
 研ぎ澄まされた得点感覚――。それは教え込んで上達するような代物ではなく、ストライカーとしての本能だろう。その類まれなゴールセンスは鹿島学園高時代から変わっておらず、当時からずば抜けていた。
 
 
「1年生の頃は身体が出来上がっていなかったですし、スピードも2年の後半にかけて上がってきて、ようやく身体的に成熟しました。そして、特に2年の終わりから3年の頭にかけて、得点を取る幅が広くなったんです。右足、左足、頭、プレーの幅、動き出すタイミング。そういう吸収率が急に上がったように思えました」
 
 こう話すのは高校時代の恩師、鹿島学園の鈴木雅人監督だ。
 
 上田が鹿島学園に入学したのは今から5年前。鹿島アントラーズJrユースノルテからユースに昇格できず、地元の強豪校へ進学した。当時は線が細く、身体も出来上がっていない。そのため、世代別代表はおろかチームでも出場機会を得られなかった。だが、2年生を迎え、状況が一変する。フィジカルが完成し、高校年代で活躍する土台ができたのだ。1年次からゴールへの欲は人一倍あったが、ようやく自身のイメージと身体がマッチするようになった。
 

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