香川真司、名門サラゴサ移籍の舞台裏「マンU時代の同僚が仲介役となり、指揮官が練習を欠席してマドリードまで赴き…」【現地レポート】

2019年08月14日 サッカーダイジェストWeb編集部

かつてはライカールトやカフーも在籍

13日に入団発表を行なった香川。7000人のファンが集結するなど、早くもフィーバーとなっている。

 香川真司はレアル・サラゴサが長年待望していた新たなスター選手だ。

 サラゴサは1994-95シーズンにカップウィーナーズ・カップを制し、コパ・デル・レイも6度制覇したことがあるスペインを代表する名門クラブだ。

 1960年代にはカナリオ、サントス、マルセリーノ、ビジャ、ラペトラの前線5人衆による「ロス・シンコ・マグニフィコス」(偉大な5人)が中心となって黄金時代を形成。70年代にも「ロス・サラグアージョス」――クラブ名のサラゴサとウルグアージョ(スペイン語でウルグアイ人の意)、パラグアージョ(同じくパラグアイ人の意)を融合した造語――の異名を取ったオカンポス、ソト、アルア、ディアルテといったウルグアイ人とパラグアイ人選手が牽引車となったチームがバルセロナとラ・リーガの優勝争いを繰り広げた。

 以降も1部常連クラブとして確かな存在感を発揮してきた。その中でアンドレアス・ブレーメ、フランク・ライカールト、カフー、ホルヘ・バルダーノ、ホセ・ルイス・チラベルトら、今世紀に入ってもパブロ・アイマール、アンドレス・ダレッサンドロ、ディエゴ&ガブリエルのミリート兄弟と幾人もの名手が本拠地ラ・ロマレダの観客を沸かせた。
 
 しかし00年半ばを過ぎた頃から資金繰りの急激な悪化とともに成績が低迷し始め、07-08シーズンに2部に降格。その時は1年で1部への返り咲きを果たしたが、12-13シーズンに再び降格すると、以来長く2部に低迷している。

 近年では昇格争いに加わることすら困難なのが現状で、昨シーズンも15位でフィニッシュしている。そんなチームの低迷に、サラゴシスタ(サラゴサのファン)はかつての栄光時代や名手たちがプレーした思い出話に花を咲かせることぐらいしか、エスクード(紋章)への誇りを取り戻せない状態が続いていた。そんな時に飛び込んできたのが、日本代表MF入団のニュースだったのだ。

 香川については日本の皆さんに改めて説明するまでもないだろう。セレッソ大阪で頭角を現わし、10年夏にボルシア・ボルトムントに移籍。このドイツの地で鮮烈な輝きを放つと、その名前は瞬く間に欧州中に轟き、2年後に世界有数のビッグクラブ、マンチェスター・ユナイテッドへの移籍を勝ち取った。

 ただ激しいポジション争いを強いられ、満足な出場機会を得られず、2年後に退団。ドルトムントに復帰するも年々出番が減少し、今年1月にベジクタシュにレンタル移籍し、そしてこの夏はドルトムント公認のうえで、新たな移籍先を探していた。
 

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