「牢屋に入っているようなもの」大怪我を乗り越えたフットボーラーたちの物語【小宮良之の日本サッカー兵法書】

2019年07月22日 小宮良之

「ボールを蹴れる喜びが優る」

リーガを代表する司令塔として活躍したバレロン。40歳まで現役を続けた。(C)Getty Images

<サッカー選手と怪我>

 それは、理不尽さとの格闘だろう。

「なぜ自分が!?」

 その答えはどれだけ考えても出てこない。運命の悪戯、というのは陳腐な表現だろう。怪我を乗り越える間は、地獄にも思える日々を過ごす。完治するのか、完治しても以前のようなプレーができるのか、そして再発はないのか。恐れは心を蝕む。迫り来る不安で心は軋む。

 しかし彼らはほぼ一念だけで、その苦難を克服する。

「もう一度、ボールを蹴りたい」

 スペイン代表として活躍したファン・カルロス・バレロンは前十字靱帯を断裂後、1年をかけて復帰した直後にほぼ同じ箇所を痛めている。絶望に打ちひしがれても不思議ではない。長い治療、辛いリハビリの後、すぐの仕打ちだった。

 運命を呪ってもおかしくはないが、バレロンは諦めなかった。再び怪我を治して復帰に励み、雄々しくピッチに立っている。そして2部に降格したデポルティボ・ラ・コルーニャを1部に引き上げた。

 そして最後の使命を果たすかのように、40才近くになって故郷ラス・パルマスに帰り、2年目で見事に1部昇格に導いている。1年目は昇格プレーオフで後半アディショナルタイムに敗れていたのだった。
 
 その不屈さは、賞賛に値する。

「不安や怖さよりも、ボールを蹴れる喜びが優るだけ。とても幸せな気持ちになれるからね」

 バレロンは聖人のような笑顔で言う。

 その純粋な気持ちは伝播するのか。バレロンが戻ったラス・パルマスは、チームとして神懸かっていた。怪我という不条理を乗り越えた選手が先頭に立った集団は、しぶとさを見せるのか。

「本当にサッカーをやめようと思いました」

 拙著『アンチ・ドロップアウト』(集英社)の中で、3度目の前十字靱帯断裂を経験した財前宣之(当時モンテディオ山形)が語っていた。

「やりたくても、サッカーをやれないわけじゃないですか? 靱帯は復帰までに少なくとも半年以上、約1年ですから。(その間は)牢屋に入っているようなもんですよ。靱帯を切ると、信じられない痛みでもんどり打って倒れるんですけど、3分もすると激痛はやむんです。でも、ドクターから注射器を幹部に差し込まれ、血が出るとアウト。靱帯が切れている、という合図。このときはブルーになりますよ」
 

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