編集部が選ぶ、平成の松本山雅FCベスト11!熱き山雅の系譜――松田、田中隼、飯田ら印象深い選手たちをセレクト

2019年04月30日 サッカーダイジェスト編集部

09年にJFLに昇格すると、わずか6年間で3つのカテゴリーを駆け上がる

SD編集部が選出した平成の松本ベスト11。

【ベスト11選出理由】
 純粋な「強さ」は現チームのメンバーが一番だろうが、その時々で鮮烈な印象を残した選手たちをセレクトした。本当なら、これまでにクラブに在籍した選手全員に勲章を捧げたいところだ。
 
【松本山雅FCの平成史】
 平成中期から後期にかけて目覚ましい成長を遂げ、いまなお右肩上がりの成長曲線を描いている。

 02年日韓ワールドカップで松本市がパラグアイ代表のキャンプ地になったことなどからサッカー熱が高まり、地元からJリーグのクラブを輩出しようという動きが活発化。65年創設の「山雅クラブ」(当時)がその受け皿となり、04年にNPO法人「アルウィンスポーツプロジェクト」が設立された。
 
 05年には、チーム名を「松本山雅FC」へと変更。チームは着実に力をつけ、09年に北信越リーグ1部からJFLに昇格すると、わずか6年間で3つのカテゴリーを駆け上がり、15年にJ1に初参戦する。しかし、この時はJ1の壁に跳ね返されて(16位)1年で降格し、再びJ2に戦いの舞台を移した翌16年は、84の勝点を積み上げながら3位で昇格プレーオフに回り、準決勝で岡山に敗れた。
 
 悲願だった初優勝とJ1再昇格を実現したのが、その2年後の18年。今年は4年ぶりにJ1の舞台で戦い、ここまでまずまずの位置につけている。6節にはイニエスタ、ビジャらを擁する神戸を相手に歴史的勝利を飾った。
 
構成●サッカーダイジェスト編集部
 
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