初陣の招集リストに込められたメッセージ――歴代の初選考を週刊SD編集長が振り返る

2014年08月28日 谷沢直也(サッカーダイジェスト編集長)

初招集はひとりもいなかったジーコのリスト。

 ワールドカップで集大成を迎えた前体制の遺産をいかに引き継ぎ、自らの色を出していくのか。初陣に向けて発表されるメンバーリストには、各指揮官のチーム作りに対する考えが色濃く反映されているように見える。

 日本代表が初めて世界最高峰の舞台を踏んだ直後の98年10月、トルシエ監督が選んだメンバーは全22選手中17名がワールドカップ経験者という顔ぶれだった。もっとも、これは00年のシドニー五輪出場を目指すU-21代表が、98年12月にアジア大会を控えており、兼任監督を務めるトルシエ監督が欧州組の中田英寿以外は22歳以上に限定して招集したためだ。このチームがベースとなり、翌年の夏にコパ・アメリカに参加するも惨敗。シドニー五輪世代(77年から80年生まれの選手)の台頭もあり、その後、世代交代が急速に進められていくことになる。
 
 ベスト16入りを果たした02年日韓ワールドカップ後に発足したジーコ体制は、世論の圧倒的な支持を受けて華々しい船出を飾った。トルシエ流の管理サッカーからの脱却、誰もが胸を躍らせた中田英、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一が描く「黄金の中盤」。ジャマイカ戦のリストにA代表初招集の選手はひとりも入らず、日韓大会ですでに幅を利かせていたシドニー五輪世代を中心とした強化は、その後4年間、推し進められていくことになる。

次ページ驚きに満ちていたオシム体制の初陣。

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