内田篤人が力説した「世界との差」と「日本サッカー界の未来」。クラブW杯の大敗は自身にとってもひとつの転機に

2018年12月23日 寺野典子

リーベル戦後の内田もR・マドリー戦同様に饒舌だった

欧州王者、南米王者との連戦のなかで、内田は改めて世界との差を感じたという。写真:徳原隆元

「今日に限った話じゃないけど、南米と比べるとカウンターとゴール前の質は違うなっていつも思う。最後のクオリティがね。俺らは何回もバーに当てたし、チャンスの数じゃそこまで変わらなかったはず。日本が勝つためには、(最後の)3分の1が大事になってくる」
 
 3位決定戦のリーベル・プレート戦で0-4と大敗を喫した試合を、鹿島アントラーズの内田篤人はそう振り返った。準決勝のレアル・マドリー戦でもそうだったが、クラブワールドカップでは何度も彼の口から「日本サッカー界の未来」についての言葉が出てくる。Jリーグの一員として、世界と戦ったからこそ、痛感しているのだろうか。
 
「それはあると思う。海外にいる時は(日本のことは)思わなかった。戻ってきて、ワールドカップやCL、ELとかを見ているとやっぱり比べてしまう」
 
 R・マドリーに敗れたあと、「この経験を選手個人、クラブとして忘れてはいけない。(悔しさで号泣した安部)裕葵の涙が今後の日本のサッカーにとって、なんかいいきっかけになってほしい」と話している。しかし、世界トップのレベルを肌で感じたとしても、それをJリーグの日常で意地するのは容易なことではないだろう。
 
「選手として上に行くか、このままで終わるかの自分の意識という点では大きく変わる。『自分はここが足りねえんだ』『海外の選手はやっぱりこうなんだ』と思い続けられるか。俺なんて、忘れちゃうから。俺みたいなヤツは欧州行かないといけない。ああいうテンポのあるサッカーを日常にしなくちゃいけない。気づいたことを自分でどう処理するかだから。それによってアスリートとして変わっていくはず」
 
 リーベル戦後の内田もR・マドリー戦同様に饒舌だった。それだけ強く感じるところがあったからだろう。
 
「Jリーグは俺が幼稚園の時に始まったし、これは何回か言っているけど、シャルケは1904年に始まってるんですよ。昔10代の頃に、ヤナギ(柳沢敦)さんに『海外って何が違うんですか?』って聞いたことがあるんだけど、そのときヤナギさんは『歴史』って言っていた。それを改めて感じる。その答えが正解だと思う。その歴史とか時間とかを埋めていくにはどうしたらいいのか? シャルケのユースなんてさ、『(トップの)練習に来いよ』って言ったら、すごい化け物が来るわけ。レロイ・サネ(現マンチェスター・シティ)、ジョエル・マティプ(現リバプール)、マヌエル・ノイアー(現バイエルン・ミュンヘン)。みんなシャルケのユース。ああいう選手を作れる環境というのは、まだまだ日本には時間がかかると思う。いろんな問題や課題があるし、それはひとつではないと思うんだよね。プレーヤーとして、向こうへ行ってこういうところが違うな、足りないなって思うところはいっぱいあるから」
 

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