生き地獄の症状から5回の復帰。森﨑和幸の壮絶な闘病生活を支えた「最大の力」とは何だったのか?

2018年12月10日 中野和也

2012年、森﨑がベストイレブンに選ばれなかった際には、当時の森保監督は激怒した

今季限りでスパイクを脱ぐ森﨑和幸。広島の3度のリーグ優勝に大きく貢献した。写真:徳原隆元

 どれだけ言葉を並べても、どれだけ事象を書き出したとしても、森﨑和幸の凄さは表現しづらい。J1リーグ最終節の対札幌戦、現役最後の試合での森﨑のプレーに対し、広島・城福浩監督は「エクセレント」と絶賛し、札幌のミハイロ・ペトロヴィッチ監督は「カズが札幌でプレーしていたら、我々は勝利していた」と語った。

 筆者のように彼のプレーを19年間見続けた人間からすれば、あるいは広島のサポーターからすれば、うなずけるコメントではあるが、そうではない人々にしてみれば「どうして森﨑がそれほど評価されるのか」という疑問も出るだろう。スピードがあるわけでもない。決定的なドリブルを持っているわけでも、スルーパスの名手というわけでもない。しかし柏木陽介(浦和)は「(森﨑)カズさんほど上手い人は見たことがない」と語り、西川周作や李忠成ら一度でも彼とプレーした選手たちは口を揃えて「どうして日本代表に入らないのかわからない」と口にした。2012年、広島が初優勝した時、ベストイレブンに森﨑が選出されなかった時には、森保一監督(当時)が「なぜだっ」と激怒したことは、サポーターにはよく知られているエピソードだ。

 森﨑の何が凄いのか――。もし、興味がある方は、最終戦の映像をフルタイム、森﨑だけを見てみてほしい。あるいはその前の名古屋戦、森﨑が途中出場した後の映像でもいい。きっと、サッカーが深遠な知性のゲームであり、純粋なチームスポーツであることを実感できるはずだ。そしてそれを支えているのが球際の強さ、激しさをベースにしたプレーであることも。
 
 ただ、森﨑和幸というフットボーラーが本当の意味で凄いのは、誰もが認める彼の基礎技術の高さや知性、広島を3回の優勝に導いた実績、ということではないと考えている。慢性疲労症候群と診断された非常に重い症状による5度にわたる長期離脱。彼が引退という決断を下したのも、この症状の問題に行き着くわけだが、離脱からそのままサッカーから離れるのではなく、必ず復帰を果たしたこと。復帰したら必ずパフォーマンスを向上させたという事実だ。それは現役ラストマッチとなった札幌戦ですら言えることで、城福監督やペトロヴィッチ監督のコメントは決して引退への餞ではない。誰よりも上手く、誰よりも効果的で、誰よりもインテリジェンスだった。

 それほどの選手がスパイクを脱がざるをえないほどに追い込まれた「症状」とは、どういうものだったか。
 

次ページテレビを見ても笑えず、食事をしても何も感じない。子どもと接することも…。

みんなにシェアする
Twitterで更新情報配信中

関連記事