日本代表新監督の森保一とはどんな男か?旧知の記者が明かす珠玉のエピソードと指揮官としての力量

2018年07月26日 中野和也

オーバートレーニング症候群の森崎浩に寄り添い続けた人格者

新たに日本代表の監督に就任した森保氏。東京五輪代表との兼任でチームを率いる。写真:滝川敏之(サッカーダイジェスト写真部)

 森保一は心理学者か。あるいはドクターか。
 サッカーの監督とは、こういうことにも秀でないといけないのか。
 この話を聴いた時、身体が思わず震えたことを覚えている。
 
 そのエピソードを教えてくれたのは、現役時代に森保の「7番」を受け継いだ森崎浩司。今は広島のアンバサダーとして活躍しているクラブのレジェンドだが、彼は現役時代、オーバートレーニング症候群の重い症状にずっと苦しめられていた。

 最も深刻だったのは2008~09年にかけての時期で、兄・和幸が「サッカー選手というより普通の人間としての生活が送れるようになってほしい」というほどの状況。ただ、2013~14年にかけての症状も、回復の傾向がずっと見えなかったという意味でも厳しかった。
 
 2014年3月21日、それまでも必死に練習場に来てトレーニングを続けていたが、もう無理だと判断。森崎浩は当時の広島の指揮官・森保一に意志を告げようと決意した。だが、指揮官は彼の顔を見るなり、笑顔でこう語りかける。
 
「浩司、今はしんどいだろう」
「はい、そうなんです」
「どうかな、そういうしんどい自分も"好きだ"と思ってみたら?」
「えっ?」
「どんな状況になっても"そういう自分も好きだな"って。マイナスのことを考えたとしても"そういうことを考える自分も好きだ"って思うのも、いいんじゃない?」
 
 そんなことを彼は考えたこともなかった。試してみようと思った。ネガティブなことばかりが頭の中にグルグルと回っていた状況下で、クラブやチームメイトに迷惑をかけている自分が嫌いになっていた。だからこそ、「○○な自分も好きだ」ということを意識してみようと森崎浩は決めた。
 
「眠れない自分も好きだ」
「ミスをして落ち込む自分も好きだ」
 
 バカみたいなことかもしれない。しかし、それを続けることで変化が起きるかもしれないと、監督の言葉にすがった。心身共に回復の自覚を得るまで、そのアドバイスから10日後のこと。約1年間の苦闘に終止符を打った。
 
 彼の症状は生やさしいものではなく、回復から再発のサイクルは引退するまで続いた。だがそれでも森保監督の言葉が彼の回復につながり、2015年の開幕連戦での勝利に直結する森崎浩司の活躍に直結した。それは疑いのない現実である。
 

次ページ単純なモチベーターではない。戦術構築能力も高く、常に先を見つめるプランニング能力もある

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