ほぼ無名の存在をJ2水戸は見逃さなかった。爆速アタッカーの成長秘話。自慢のスピードで突き抜ける存在になるために

2025年08月20日 安藤隆人

原以来2人目となる名古屋高からの高卒プロ

水戸内定が決まった山下。50mで6秒を切る俊足が最大の魅力だ。写真:安藤隆人

 8月18日、名古屋高のMF山下翔大のJ2水戸ホーリーホック加入内定が発表された。

 名古屋高と言えば、2年前の選手権で初出場しベスト8という快進撃と、その中心となって大会後に北海道コンサドーレ札幌入りが決まったMF原康介を思い浮かべる人が多いだろう。圧倒的なスピードとキレのあるドリブルで、サイドを切り裂いた背番号10が歴史を塗り替えてから1年半。山下は原以来2人目となる名古屋高からの高卒プロとなる。

 山下の特長もスピードにあるが、原のそれとは少し種類が違う。原は無音で一気に加速する滑らかなアタッカーだが、山下は天性のバネと身体能力を活かして、「ギュン」と音を立てて突き上げていくように加速する。

 ラインブレイクなどアタッキングエリアで才能を開花する原に対し、山下は激しい球際の守備からボールを絡め取りながら加速し、自陣から敵陣に運んでいく。もちろん高い位置でボールを受けたら鋭い縦突破と高速カットインを見せるが、ボールの運び屋としても大きな存在感を放つ。

 稀有な能力を持つ山下だが、これまでほぼ無名の存在だったと言っていい。チームが選手権で躍動した時は、1年生でスタンドから応援していた。昨年は右サイドバックと右サイドハーフでレギュラーを掴んだが、インターハイ、選手権に出場できず、リーグも県1部リーグで2位になり、プリンスリーグ東海参入戦に挑むが、初戦で東海大翔洋に敗れた。

 それでも山下は1年を通して、その加速力と同じスピードで成長した。その裏には、身体的な成長と、憧れの先輩である原を中心とした一昨年の世代の躍進が大きく影響していた。

「高校に入って身長が一気に伸びて、そこから小学生の時に自分の絶対的な武器だったスピードが戻ってきたんです」
 
 彼にとって中学の3年間は「喪失感が大きい3年間で、正直、サッカーファーストにはなれなかった」という期間だった。Nagoya S.S.ジュニアユースでは3年間、Bチームでのプレーだった。

 小学生時代は俊足でならし、50メートルは7.2秒(小学6年生の平均が約8.7~8.8秒と言われている)だった。だが、中学に入っても身長が伸びず、3年生になっても153センチだった。成長期が訪れ、周りの走力がグングン上がっていくなかで、中学生になって測定をしても7.2秒のまま。最大の武器を失い、レギュラーに絡めず、悩んだ時期だった。

 学業優秀で中学の成績はオール5だったこともあり、当時はサッカーのウエイトが勉強より少し下がってしまっていた。

「やっぱり悔しくて仕方がなかった。高校進学が近づくにつれて『このままでいいのか』と考えるようになり、愛知県内ではサッカーも勉強も両方強い名古屋高に進学して、両方を全力で頑張ろうと思いました」

 文武両道を徹底するために名古屋高に進学。すると一気に成長期が訪れ、身長は170センチを越えた。すると、失われたと思われた走力が元に戻るどころか、さらに伸びた。

「1年生で測定をしたら、50メートルが6.5秒になった。そこから自信がよりついて、もっと磨こうと思えるようになりました」

 意識が徐々に変わろうとしていた1年生の冬。原たちが全国の重い扉をこじ開け、躍動する姿を見て、価値観が大きく変わった。

「先輩たちがもう凄すぎて感動したし、『やっぱり僕も全国のピッチに立ちたい』と強く思うようになりました。中学時代はBチームだったので、全国につながるような大会に出られなかった。それもあって、より一層、全国への思いが強くなったんです」
 

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