【EURO2016】歴史に名を刻んだジャカ兄弟が、試合後に見せた固い絆。母親のシャツにも物語が――

2016年06月12日 中野吉之伴

自らが選択した代表のために奔走した兄弟。

EURO史上初となる兄弟対決となったタウラン(右)とグラニト(左)の両者。激しい競り合いの末に勝利を手にしたのは弟だった。 (C) Getty Images

 EURO2016の2日目、アルバニア対スイスの一戦で大会史上初となる兄弟対決が実現した。
 
 両親の祖国アルバニアを選んだ兄のタウラン・ジャカはインサイドハーフでスタメン出場。味方に退場者が出てからはダブルボランチの一角へと移り、61分に交代するまで精力的にプレーした。
 
 そして生まれ故郷であるスイスを選んだ弟のグラニト・ジャカは、キャプテンマークを巻きボランチとしてフル出場。チームの1-0での勝利に貢献したのだ。
 
 実は試合前、ピッチへと繋がる入場口のトンネルで兄弟が会話を交わすシーンが見られた。
 
 アルバニアの選手一人一人と抱き合い、健闘を誓い合ったグラニトが最後にハグを交わしたのはタウランだった。両者は他の選手と同じようにハグをしてからそっと離れた後、もう一度振り返ってニコッと笑い合っていた。
 
 アルバニア・サポーターの大歓声がスタジアムを覆いつくすなか、兄弟は試合開始と同時に自分の選んだ代表チームのために奔走する。
 
 そして開始10秒、二人はいきなり激しく競り合う。ボールを保持するタウランに対し、グラニトが強引に身体をぶつけてボールを奪い返したのだ。その後もピッチ上で二人は何度もボールを奪い合った。
 
 そのなかでゲームメーカーとしてリズムを作り出すプレーを見せたのはグラニトだった。
 
 4分、正確なサイドチェンジでSBのリカルド・ロドリゲスを走らせると、そのクロスの流れから自ら右足でミドルシュート放った。これはDFに当たってCKとなったが、このセットプレーからシェアの先制点が生まれたのだ。
 
 一方のタウランは開始早々の失点もあり、雰囲気にのまれて浮足立つ仲間を落ち着かせることに気を配っていた。
 
 もともとバランス感覚に優れるタウランは、26分にペナルティーエリア内で待っていたレニャニを使い、右足でシュートを放った。スペースの使い方に上手さを感じさせる好プレーだったが、肝心のシュートは足を滑らせてしまい枠に飛ばなかった。
 
 この試合のMVPに選出されたグラニトは試合後、「あれだけのチャンスがあったんだから、2点目を決めないといけない」とチームの決定力不足を振り返り、「ここ数日は風邪を引いていたんだけど、今日は絶対にプレーしたかったんだ」とこの日にかける思いを力強く語った。
 
 敗れたタウランも弟と同じ思いを抱えていたのだろう。交代でピッチを後にする際、スタッフから手渡されたボトルをベンチに投げつけ、怒りを露わにした。それほどまでに、兄はこの試合で勝利を欲していたのだ。
 
 この日、スタンドにはスイスとアルバニアの国旗が半分ずつ入り、その下に"ジャカ"の名前がプリントされたTシャツを着て二人の戦いを見届ける母親の姿が見られた。試合後、その母が見つめる先では、二人がピッチ上で話し込みユニホームを交換し、固い握手を交わしていた。
 
 二人が異なる代表を選択したのには、それぞれの理由があり、それぞれが強い思いを抱いているだろう。だが、握手を交わした瞬間だけは、戦士の姿から、母親から愛情を注がれる、兄弟に戻っていた――。
 
現地取材・文:中野吉之伴
 
【著者プロフィール】
中野吉之伴/ドイツ・フライブルク在住の指導者。09年にドイツ・サッカー連盟公認のA級コーチングライセンス(UEFAのAレベルに相当)を取得。SCフライブルクでの実地研修を経て、現在はFCアウゲンのU-19(U-19の国内リーグ3部)でヘッドコーチを務める。77年7月27日生まれ、秋田県出身。
 
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